三つ巴


 意識が朦朧とする。身体が熱い。瞼が重くて上がらない。そして遠くから誰かの声が聞こえる。

「すみれ、キツすぎだろ……これじゃ動けない」

「だから言ったでしょ、しっかり解さないとって。意識がなくてもすみれはちゃんと感じるんだから」

「棗だもん、性欲の塊」

「だよね」

「……オマエらに言われたくない」

 自分が今、何をしているのかよく分からなかった。徐々にはっきりと聞こえてくる声に耳を傾ける。男の人の声。複数人。わたしの名前を呼ぶ、よく知っている声だった。

「すみれ起きないねー」

「これだけされても起きないなんて……オマエすみれに何したんだよ」

「それは秘密★」

「変なことじゃないだろうな」

「今棗がしてるのは変なことじゃなの?」

「……」

「出た! 棗のだんまり!」

 お兄ちゃんだ。大好きなお兄ちゃん達の声。でもどうしてか強い不安に駆られた。このままぼんやりとしていた方がいい気がするのに、逆らえず徐々に意識が覚醒していってしまう。

「で、棗いつまでそのままなの? 僕達だって待ってるんだけど」

「俺も早く挿れたいんだよねー」

「だからキツくて動けねーんだよ……というか椿オマエ、もう何回か出してんだろ」

「でもやっぱ中がいいじゃん。棗に一番最初を譲ってやったんだからさー、感謝しろよなー」

「……はあ」

 会話の内容が頭に入ってくると同時に、身体の感覚も研ぎ澄まされていく。下半身に感じる痛いくらいの圧迫感、手に何かを握らされている感触。目を開けたくない。なんだか怖い。でも、このまま寝ているふりをするのはもっと怖い。

「で、どーすんの?」

「早くしてよね、棗」

「……終わらせればいいんだろ、終わらせれば。一番最初にした時に比べたらまだまだ動ける方だしな」

「……は?」

「棗、僕達に喧嘩売って楽しい?」

 不穏な雰囲気の中、恐る恐る目を開ける。ぼやけた視界に浮かんでくる人影。しばらくしてはっきり見えるようになると案の定、怖い顔をした三人のお兄ちゃんがわたしの周りを囲んでいた。

「あ、すみれ起きた?」

「すみれ、大丈夫?」

「いや大丈夫なわけないだろ……」

 大丈夫なわけがない。なつ兄の言葉がすとんと頭の中に入ってきてまさしくその通りだと思ってしまった。何故かわたしは下着の一枚さえも身に付けておらず、左手はあず兄と指を絡ませていて動かせない上に、右手にはつば兄のソレが握らされていて、さらに足をこじ開けられなつ兄と繋がっている。

「え……?」

「すみれ今ねー、俺らと気持ちいーことしてたんだよ! 寝てる間もちゃんと感じてたし★」

「すみれ、ごめんね。驚いたよね。身体辛くない?」

「……愚問だな」

「うるさい棗」

 身体は辛くないかと聞かれたら正直つらい。下半身の圧迫感もそうだし、胸元にびっしりと付いた赤い痕を見て軽く目眩がした。だがそれらを訴えたくても声がうまく出なかった。

「あ、声出ないっぽい?」

「あれだけ泣いたら出ないよね……覚えてない? 昨晩のこと」

「……思い出さなくてもいいけどな」

「いやいや思い出してくれないと困るっしょー」

 昨晩、わたしは何をしていたのだろう。思い出そうとすればするほど頭に靄がかかっていく。多分わたしは思い出したくないのだ。昨晩のできごとを。

「思い出せないー? すみれに俺ら三人の中で一人選んでって迫ったんだよねー」

「ちょっと椿」

「言うなよ」

「だってホントのことだし! そしたら選べないって泣いちゃってさ、だったら身体の相性で決めればいいじゃんってことになってー」

 つば兄が話す内容に嫌でも思い出さざるを得なかった。三人が激しい言い合いになり、耐えきれなくて泣き出したこと。そして何でもするから喧嘩しないで欲しい、と言ったあたりから記憶が曖昧だ。三人に順番にキスされて、身体を触られて、恥ずかしくて泣きながらただひたすら目を瞑っていた。途中でつば兄に何かを飲まされたような気がする。そこからは何も覚えていない。

「……ゃ」

「嫌だよね、ごめんね。寝てたとはいえ疲れたでしょう」

「でも俺らまだすみれとしてないんだよねー」

「オマエがごちゃごちゃ言って進めないからだろ」

「だってー、やっぱ起きてるすみれとしたいし」

「飲ませた本人が何言ってるの……」

 何か飲ませられて眠ってしまったというのは確からしい。口の中にほんのり甘い味が残っていた。

「すっごく眠くなるけど、気持ち良くもなれるクスリ」

「ちょっと椿、それ大丈夫なの?」

「怪しすぎるだろ」

「ダイジョーブ! つーか、ただの酒だし!」

「まあそんなことだろうとは思ったけど……」

「おいすみれは弱いんだから飲ませるな」

「だから飲ませたんだってー。すぐ眠くなっちゃうし、感じやすくもなるし」

 そう話しながらつば兄は指先でわたしの首筋をなぞり、ビクッと跳ねた身体に満足気に笑う。

「ほら」

「こら椿」

「……ったく」

 ちょっと怒った顔のあず兄と呆れた顔をしたなつ兄に、咎められてもケロッとしているつば兄。状況はともかくなぜかほっとしていた。三人が言い合いになったときの怖い顔は思い出すだけでも胸が苦しくなる。

「じゃ棗、ちゃっちゃとやっちゃって、次俺ねー」

「ちょっと、すみれは休みたいんじゃない?」

「え、今やめんの? 棗生殺しじゃん。まーそれでもいいけど」

「棗だもんね」

「そーそー棗だし」

「勝手に話を進めるな」

「んじゃ早くやってよ」

「ならオマエらすみれから離れろ。動きにくいだろ」

「はあ? やだ」

「別に僕達がすみれの手を握ってても動けるでしょ」

「邪魔だ」

「あーあー棗うっさい」

 三人でどんどん進む話。声の出ないわたしの意見なんてないようなものだ。ぼんやりする頭で会話を聞いていたら、両手から温もりが離れたあとゆっくりとなつ兄が動き出した。交渉はまとまったらしい。

「すみれ」

 覆いかぶさってきたなつ兄と目が合って、唇も重なった。自由になった手を大きな背中へ回すと、深いキスになり動きも激しくなる。

「……っ、ぁ」

「棗、初っ端から飛ばしてるし」

「本当にね……すみれも辛そう。これで終わりにする?」

「え、梓はしないの?」

「僕はもういいよ、すみれを休ませるのが優先」

「えー!!」

 つば兄とあず兄の会話しているのは分かっても、もう内容までは頭に入らなかった。なつ兄の身体がわたしを突き上げるたびに、意識が遠のいていく。
 三人に問い詰められたとき、どう答えればよかったのだろう。正解なんてない。誰か一人を選ぶなんて、わたしにはできない。
 最後に唇を離し体勢を変えたなつ兄の表情が苦しそうに歪んで、それを見たらまた泣きたくなった。