6.答えのない問い
謝るか誤魔化すか、答えはもう決まっていた。だってわたしは嘘が下手なのだ。
「……ご、ごめんなさい。お弁当もそうだけど、あと……ルールも、破りました」
「え!! 棗とエッチしたの!? いつ!?」
「え……あ、えっと、昨日……」
「ちょっと椿」
「だからすみれを問い詰めんな、それは俺が悪い」
わたしを捕らえていた二つの視線がなつ兄の方へ向かう。そしてつば兄にはあず兄の鉄拳制裁が下された。
「いでっ!! え、なんでここで俺叩くの!?」
「今の質問がセクハラだから」
「ええええ」
「それにしても棗……一人だけ抜け駆けしたの?」
「まあ……というかオマエらはもう気付いてると思ってた」
「椿は昨日のこと知ってた?」
「ぜーんぜん! だって声聞こえなかったし」
「じゃあいつも知ってるのは何なんだよ」
「昨日すみれとしたんでしょ? って鎌かけたら勝手に棗が引っ掛かってくるだけじゃない」
呆れ顔のあず兄と、少し不機嫌な表情になったなつ兄。会話から察するに、今日色々と心配していたのは取り越し苦労だったということだろうか。そう知ったら急に力が抜けて、冷蔵庫にもたれかからせていた身体がずるずると膝から崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か!?」
「え、ちょ、すみれ!?」
「大丈夫!?」
一斉に自分へ集中した三人の瞳。今までギラギラと光っていたのがいつもの優しい紫色に戻っている。それに安心して溜まっていた涙が零れ、慌てたなつ兄がわたしをかかえてリビングのソファへと運んでくれた。
「大丈夫か?」
「だって、なつ兄が……二人から責められたらどうしようって……ずっと不安で……安心したら力が入らなくなっちゃって……ごめんなさい」
「なになに? どゆこと?」
「つまり昨日のことを僕たちが知ってると思っていたんでしょう。すみれは棗が怒られないかずっと不安だったみたい」
「えー、俺は弁当の方がショックだった!」
つば兄の能天気な言葉にまた一層身体の力が抜けていく気がした。
「お弁当ならつば兄とあず兄の分も作るよ……」
「え、マジ!?」
「うん、必要な日は言ってね」
「やったー! 言う言う! なつ兄の分しか作らないって言われたら死ぬとこだった!」
「言わないよ……」
なんだか今回は様々な勘違いやすれ違いがあったらしい。冷蔵庫を背に追い詰められたときはどうなるかと思ったけれど、なんとか丸く収まりそうだ。
「でも棗がルール破ったことには変わらないからね」
「あ、違うの、わたしが……」
「いや俺が悪い」
「じゃあ棗は一週間すみれに触れちゃダメってことでいい?」
「……ああ」
「不満そうだね」
「ってかさー、もうルールとかよくね? めんどくせーもん」
「オマエが言うな」
「それ椿が言う?」
昨日なつ兄が言っていた通り、ルールは早くも発案者であるつば兄によって意味のないものになりつつあった。仕方ないとはいえ、手加減をしてくれたり、身体に痕を付けないなどルールは残してくれたらいいな、とぼんやり考えてしまう。
「だって俺もう限界! すみれといちゃつきたいんだよおお」
「まあ基本的なルールは残して今回の罰は終わりでいいかな……すみれはどう?」
「え、うん……いいと思う」
「やったー! じゃあさすみれ、今日は俺の部屋くるでしょ?」
「ねえ椿、順番的に次は僕じゃないかな」
「梓、今日だけは譲って! 一生のお願い!」
「僕は椿の一生のお願いを何回聞けばいいの」
「だってさー! あ! ならすみれに決めてもらったらいいんじゃね?」
「……それもそうだね」
「え……?」
会話の流れに再び嫌な予感がした。急につば兄とあず兄の優しい紫が深くなり、瞳の奥に吸い込まれてしまいそうで思わず目を逸らす。なつ兄にアイコンタクトで助けを求めるが、昨日のことがあるからか口を出せないらしくバツが悪い表情をするだけだった。
「すみれはどっちの部屋に行きたい?」
「ど、どっち、でも……」
「俺の部屋でこの前すみれが見たがってたアニメ見よ! めっちゃ面白いよ! あとお菓子もあるし、ジュースもあるし、欲しがってたCDとゲームもあげる!」
「椿、明日すみれは大学だよ。それなら僕の部屋に来ない? この前すみれにあげた入浴剤、気に入ったみたいだったからまた買ってきたんだ。良かったら貰って欲しいんだけど……それと寝る前にマッサージもしてあげるよ」
「なら俺はおやすみのぎゅーとちゅーも付ける!」
「それ椿はいつもしてるじゃない……ねえ、すみれ」
「え、えっと……」
「今日は俺と一緒に寝よ!」
「今日は僕と一緒に寝よう?」
二人の声が見事に重なる。さすが双子だと感心しながらも、先ほど冷蔵庫へ追い詰められたときのような緊張を何故かまた感じていた。つば兄はもちろん、魅力的な提案をすらすらと口にするあず兄の部屋に行ったとしても眠れる気がしないのはどうしてだろう。昨日から若干感じる睡眠不足のために自分の部屋で寝たいとも一瞬考えたけれど、その選択肢は二人の中には含まれていない様子で、答えはいつまでも出せそうにはなかった。 |