カワイイイイナリ3


「は? なんのこと?」

「なんのことって……動画だよ」

 マンションに行き椿を問い詰めたが、しらばっくれるだけで埒が明かなかった。梓にも聞くが知らんぷり。さすがにすみれ本人に聞けるはずもなく、二人を吐かせようとするがどちらも口を割らなかった。

「んじゃ証拠見せてよ」

「証拠って……オマエが渡してきたUSBメモリが……」

「あるの? じゃあ見して」

 しまった、と思った。パソコンには残さなかったし、怒りに任せて壊してしまったから復元は無理だ。椿と梓はそれを分かっているかのように余裕だった。

「ないんじゃん。変な疑いかけんのやめろよ」

「……オマエが動画を渡してきたんだろ」

「動画? 何それ」

「しらばっくれんな」

「梓ー、俺なんかしたかな?」

「してないよ。棗の妄想じゃない?」

「あ、もしかして棗がすみれにそれをしたかったんじゃね? うっわヤラシー」

「ふざけんな! この前だってホテルで動画撮っただろ!」

「うっさいなー、そんな証拠残ってないじゃん」

 証拠はない。さっき見た動画が脳内に残っているだけだ。ホテルだって払わされた宿泊代のレシートを捨ててしまったし、自分の車で行ったわけではなかった。ホテルの防犯カメラを確認すればいいのかもしれないが、警察沙汰にでもならない限り見せて貰えるとは思えない。もうすみれから聞き出すしかないんじゃないか、と思ったときふと思い出した。ビデオカメラの存在を。

「……そうだ」

 撮ったじゃないか、自分が。ビデオカメラで。あれを隠すならごちゃごちゃした椿の部屋のはずだ。しかも頻繁に使っているなら尚更、動画をどこかへ移さず本体に残したままの可能性も高い。

「これ借りるぞ」

 梓の部屋のテーブルに無造作に置かれていた椿の鍵を掴む。そのまま部屋から走って出て、隣へと向かった。

「棗!」

「ちょ、待てよ!」

「悪いな」

 椿の部屋に入りすぐ鍵を掛けた。チェーンも忘れない。追いかけて来てドアを叩く椿を尻目に部屋を漁る。

「どこだ……」

 しばらくしてベッドの下に光る何かを見つけた。手を伸ばして引っ張り出すと、やはり先日椿に渡されて渋々動画撮影をしたビデオカメラだった。

「あった」

 残っていてくれ、と願うような気持ちだった。この証拠がなければお終いだ。すみれはきっと話してくれないだろう。口止めはしっかりとされているらしかった。胸糞悪い動画には「このことを他の兄弟に言ったらどうなるか分かるよね」と何度も口を揃えて言い聞かせる、椿と梓が映っていた。

 早速電源を入れる。起動して動画を確認しようとしたが……ない。何もなかった。綺麗さっぱりこのビデオカメラには動画が残っていなかった。

「……クソ!」

 神様はいないのだろうか。ビデオカメラをベッドに叩き付け、もう一度椿の部屋を探す。一通り部屋を漁ったが目ぼしいものを見つけられず、椿のパソコンを確認してもそれらしきものは何も出なかった。

「開けろよ! 棗!」

「棗、早く開けて」

 目の前が真っ暗になるのと同時に外の音がやっと耳に入ってくる。諦めてドアを開けると、不機嫌な顔をした二人が入って来て睨み付けられた。睨みたいのはこっちだ。

「鍵返せよ」

「……どこにやったんだ」

「は?」

「すみれの、あの胸糞悪い動画だよ」

「だからなんの話?」

「ビデオカメラにはなかったぞ。消したんだろ?」

「はあ? なかったってどういうことだよ!」

「ちょっと椿」

 焦った椿は梓に窘められて口を噤む。ボロが出た。どうやらビデオカメラに動画がないことは椿も知らなかったらしい。

「……撮ったのは認めるんだな」

「そんなもの撮ってないよ。大体証拠がないでしょ。すみれに聞いてみたら?」

「オマエらが口止めしてるんだろ」

「してないよ」

「……すみれは今どこにいる?」

「さあ? 自分の部屋じゃない?」

 淡々と無表情で話す梓に怒りが沸いてきて、この空間に一緒にいたら手が出てしまいそうだった。舌打ちで紛らわし椿に鍵を投げつけ部屋を出る。

 こうなったらすみれに直接聞こう。話してくれなくてもマンションから連れ出せれば安全なはずだ。とにかく早く、今すぐにでも。すみれの部屋へと急いだ。すぐ下の階へ行くだけなのに、エレベーターの動きがあまりにも遅く感じて苛立ちを覚えるほどだった。