3.揺れる三つ編み


「なつ兄、おめでとう」

「……ありがとな」

 こんな言葉をなつ兄にちゃんと面と向かって言える日が来るだなんて思わなかった。つば兄やあず兄とも色々あったみたいだけど、なんだかんだ二人ともなつ兄のことを祝福していた。

 正直言うと幸せそうななつ兄とあの人の姿を見るのが今でもまだ少し辛い。突然距離を置かれたなつ兄にも思うことはたくさんあるし、今までのことも何もかもなかったことのように振舞われるのも泣きそうになる。

 でも一番良い選択肢だというのは頭では分かっていて、ずっとそれを拒否していた身体もあの発作みたいな症状はなくなりつつあった。ちゃんと受け入れられたのかな、なつ兄の結婚式に間に合って本当に良かったと盛り上がる二次会の会場をこっそり抜け出してぼんやり考えていた。

「身体の調子は大丈夫なのか?」

「ゆーちゃん」

「ほら、飲み物」

「ありがとう」

 誰にも見つからないように出てきたはずだったのに、わたしが抜け出してからゆーちゃんが来るまで五分もかからなかった。さっきまですば兄と楽しく話していたのを見ていたから申し訳ないと思いつつ、こうして隣にいるのはやっぱりゆーちゃんなんだと嬉しい。渡されたジュースをちびちびと飲みながら、ぼんやりとするわたしの隣に何も言わずゆーちゃんはいてくれる。そんなゆーちゃんにあの答えを言おうと決めたのはなつ兄の結婚式で色々と吹っ切れたのかもしれない。

「ゆーちゃん」

「ん?」

「……わたし、まだマンションにいたい」

「そうか」

 ゆーちゃんはわたしの答えを受け入れるように頷いただけで、それ以上何も言わなかった。

「ゆーちゃんと離れるの寂しいし」

「……お、おう」

「ゆーちゃん照れてる?」

「照れてねーって!」

 顔を真っ赤にして否定してくるあたり本当に嘘をつけない。そういうところがゆーちゃんの良いところであり、何より一緒にいて安心できる部分でもあった。
 真っ赤になるゆーちゃんとの間にほんの数センチ空いていた距離を縮めて隣にぴったり寄り添うと、身体を固くしながらも突き放したりはせずしばらくそのままでいてくれる。

「体調大丈夫ならそろそろ戻るか? 多分つば兄とかオメーがいねえって騒ぐ頃だろ」

「……うん、そうだね」

「ほら」

 差し出された手はあの頃と同じだった。行きたくない、そう泣き出すわたしを引っ張って行ってくれるあの優しくて温かい手。久しぶりにそっと自分の手を添えれば染めた頬を隠しながらも握り返してくれた。

「行くか」

「うん」

 もう大丈夫だ、そう思えたのは少し先を行くゆーちゃんの三つ編みが励ますように揺れたからだろうか。あの頃に比べると随分と大きくなった手から伝わる体温が心地いい。会場に戻るたった数秒間の出来事だったけれど、なつ兄のこと、他の兄弟との関係、この先の不安だらけな未来をも全て前向きに捉えることができそうな、そんな予感がした。