気づかないふりで
 でも振り向かずに遊びに夢中になっているふりをすれば後ろから伸びてきた逞しい腕に抱き締められることをわたしはよく知っていた。

「すみれ」

「ん、なつ兄……ご飯食べよう?」

 ああ、と耳元で頷くなつ兄はわたしを離す気はないらしい。腕の力は緩められることはなくさらに強くなる。

「カレー冷めちゃう……」

「ごめんな」

 そう言って先ほどつけた首筋の痕に唇を寄せる。ぬる、とした感覚に舌で舐められているのだと分かって思わず身体を震わせた。

「んっ……だ、め」

 温めたカレーとお風呂にまだ入っていないわたしと、これから何が始まるのかを知っていて咎めるようなつばきとあずさの視線と、この先の行為を拒否できる理由はたくさんあった。腕を解いてカレーを一緒に食べたいと強く言えばきっとなつ兄は聞いてくれるだろう。でもしなかったのはわたしが拒否するつもりがないからに他ならない。後ろから抱き締めて欲しいと背中で言ってしまった。抱き締めて、離さないで欲しいと態度で示してしまった。

「なつにい……」

「ん?」

 さっきなつ兄がわたしの中につけた火が、ずっと消えないの。一緒に入ろうという提案を断ったときも、カレーを温めているときも、つばきとあずさと遊んでいるときも。きっとあれは合図だったのだ。わたしの身体がなつ兄を受け入れられるようにする、わたしでさえ知らない身体のスイッチだった。なつ兄はそれを知っているのかいないのか、からかったり、こうやって離さないようにしたりを絶妙なバランスで行う。でも当の本人はもしかしたら本当に全くの無意識なのかもしれないと思うと突然腹立たしくなってきた。

「なつ兄のばか……」

 その言葉をなつ兄がどう受け取ったのか、わたしは考えるのをやめた。カレーを食べられなかったことだと思っているかもしれないし、また別の何かだと思ったかもしれない。けれどそんなの気に止める様子もなく数秒後には唇が重なっていたのだから、なつ兄はやっぱりずるいと思う。

END