「なつ兄、おかえりなさい」
「オマエ……今日はどうした?」
春休みに入る前日、学校帰りにわたしはなつ兄の部屋にいきなり押しかけた。鞄に忍ばせた合鍵でこっそりと部屋に入り、仕事から帰ってくるのを待っていたのだ。
「明日からね、春休みなの」
「ああ……もうそんな時期か」
妙に納得したなつ兄の顔を見て頷く。学校が長期休暇に入ったとき、普段はなかなか一緒にいられないなつ兄の部屋に入り浸るのがもう最近の習慣になっていた。基本的には夏休みだけれど、マンションにいるお兄ちゃんたちが忙しそうなとき、要はこの部屋に入り浸っても何も言われないときはこうやって短い休みの期間でもお邪魔するというわけだ。
「すみれ」
「ん?」
ぐい、と腕を引っ張られてあっという間にわたしはなつ兄の腕の中にいた。顔が近付いてきてキスをされるのだろうかと身構えると、予想は外れ首筋のあたりに顔を寄せる。髪をそっと耳にかけられて優しい手付きにうっとりとしてしまったのも束の間、首筋に唇の感触を感じた。
「んっ……な、つに?」
そのまま強く吸われ、慣れない感覚にくらくらする頭の中でなつ兄の声は響く。
「この痕が消えるまで、マンションには帰さないからな」
首筋からゆっくりと唇を離してわたしの耳元で囁かれた、低くて心地良い声が身体の中を染みていく。同時にわたしの中の何かにそっと火をつけた。
「な、つにい……」
「ん?」
赤くなっているだろう部分をなつ兄はぺろりと舐めてから身体を離す。深いキスをされてベッドへとなだれ込むのだろうかと想像していたわたしには少しだけ拍子抜けだった。
「あれ……」
「まだ風呂も入ってないだろ」
口にせずともわたしの言いたいことが分ったのか、なつ兄は意地悪い笑みを浮かべる。何なら今からでもいいぞ、と首筋をなぞる指先を振り解いていた。それさえも面白いのかなつ兄は笑ったままだ。
「なつ兄のばか!」
「はは、知ってる」
よしよしと頭を撫でられて、頬を膨らますとなつ兄は目を細めた。からかうような笑いではなくて、小さな子供を見るような微笑みにますますわたしは拗ねるふりをする。まだまだわたしは子供で、なつ兄は大人で、こうしているとただの兄妹なのに。
「……なつ兄」
「ん?」
「ご飯とお風呂、どっち先にする?」
なんとなく気まずくて話題を変えた。なつ兄はスーツから着替えたいだろうし、ご飯もあとは温めるだけで食べられる。
問いかけに前者を選んだなつ兄は部屋に漂うカレーの匂いにうまそうだな、と微笑んでまた頭を撫でてくれた。
問いかけに後者を選んだなつ兄はまた口元を緩めてこう言った。