「じゃあ、すば兄かな」
猫っ毛気味なのは同じでも、いお兄やふーちゃんみたいにしなやかでもなく、わたちゃんほどふんわりもしていない自分の髪。髪質が普通だというすば兄とゆーちゃんで迷い、ここはすば兄にしておいた。あてずっぽうだ。
「正解」
「……え」
当たってしまうとなんだか不思議な感覚だった。口下手なところはよく似ているなとは思っていたけれど、それゆえにすば兄とはあまり会話もなく、ましてや髪を触ったりする機会なんて全くない。
「昂くんとすみれちゃん、似てるよ」
「髪質が……?」
「髪質ももちろん似ているけど、他にも、色々。真面目で、物事に真剣に取り組んで、頑張り屋さんで……」
「え、全然似てないよ。頑張ってるすば兄に失礼だと思う……わたしなんて」
言葉の続きが言えなかったのは、唇に琉生兄の指が当てられたからだ。いつも穏やかな琉生兄の表情に少し怒りの感情が見えた。
「そうやって、自分のこと、卑下したらダメ」
「……でも」
「すみれちゃんは、頑張り屋さん。だから……すごく心配」
「本当にわたし、頑張ってないよ」
「ううん、頑張ってる。もっと自分のこと、認めてあげて欲しい」
琉生兄の押しに負けて頷いてしまう。それを見てにっこり笑い、またわたしの髪を触り始めた琉生兄に申し訳ないような気持ちが募っていく。だって自分が頑張っているだなんて到底思えなかった。お兄ちゃん達には甘えっぱなしで、学校も休みがちで、特技も何もなくて、お兄ちゃんがいなくなってしまったら……きっと。
「すみれちゃん、はい、完成」
「あ……」
声を掛けられ鏡を見ると、いつの間にか綺麗に髪がアレンジされていた。普段と雰囲気が全く違う。
「どう?」
「うん……可愛い。なんか、いつもと違う」
「すみれちゃん、何でも似合うから、楽しい。ありがとう」
「え、あ、こちらこそありがとう、琉生兄」
逆にお礼を言われてしまい慌てて言葉を返した。こんなときもっと話上手だったらよかったと思う。また沈む気持ちに心が侵食される中、突然部屋をノックする音がした。
「すみれちゃんに、お客さん」
「え、誰……?」
琉生兄がドアが開ける。そうして入ってきたのは今まさに話題に上がっていたすば兄だった。
「あ……すば兄」
「昂くん、いらっしゃい」
「おう」
「すみれちゃん、可愛いでしょう」
「……ああ、まあ、いいんじゃないか」
「ありがとう……」
続かない会話。どうしてすば兄はここへ来たのだろう。そう思ったとき、琉生兄がすば兄に何かを促した。
「ほら、昂くん」
「あ、ああ……その、これ」
すば兄が背中に隠していた紙袋を渡される。ロゴから察するにクッキーのお店だ。
「バレンタインの、お返し」
「あ、ありがとう」
「美味いか分かんないけど、店員にオススメって言われたから」
「……絶対美味しいよ、ありがとう」
「おう」
会話はまた途切れたのに、もう気にならなかった。すば兄が後頭部を掻く仕草をして照れているのが分かったから。自分と似ているのだというその無造作に掻き上げた髪に、ふと触れてみたくなる。怒られてしまいそうで実行には移せないけれど、いつか許してもらえるだろうか。