「雅兄かな?」
自分の髪質を考えて照らし合わせた答えは雅兄だった。柔らかい髪質で量が多い。雅兄ほどではないけれど、寝癖が付きやすいのも似ている。琉生兄は頷いてにっこりと笑った。
「うん、正解」
「やった」
「ご褒美にアレンジしてあげる」
「え? もう夜だけど……」
今はもう琉生兄に髪をケアしてもらったら寝よう、という時間帯だった。アレンジをしても出掛ける予定などは一切ない。むしろ今から出掛けるなんて京兄に怒られそうだ。
「簡単なアレンジ、だから」
「そうなの?」
「うん、ぱぱっとね、寝る前だから本当に軽く」
琉生兄は会話をしながら、もう手を素早く動かして髪をいじり始めていた。そして五分も経たないうちに完成させた。
「はい、出来上がり」
「……ありがとう、可愛い」
「これで……雅臣兄さんのお部屋、行って来て」
「雅兄の?」
「雅臣兄さん、今日は午後からお休みだったから、今は部屋にいるよ」
「でも、それなら行けないよ」
「どうして?」
「どうしてって……雅兄、疲れてるから休んだ方が」
「それは、違う」
琉生兄が珍しく強めの口調で言う。
「雅臣兄さん、すみれちゃんのこと一番心配してる……本当はもっと、甘えて欲しいと思ってる」
「雅兄が……?」
「うん、すみれちゃん、いい子だから、迷惑かけちゃいけないって思ってるでしょう……でも、違う。いい子にしなくてもいい」
「でも」
「一番、安心できる場所、だよね」
「……どうして」
琉生兄は知っているのだろう。雅兄の部屋で、雅兄と一緒に寝ることが何よりも落ち着いて安心できるということを。激務の仕事で疲れている雅兄に、迷惑をかけてはいけないと我慢してきたことを。
「いってらっしゃい」
「……琉生兄」
「すみれちゃん、可愛い。きっと、雅臣兄さん……喜ぶから、ほら」
立って、と椅子から離れるように促された。そのまま玄関まで背中を優しく押され、琉生兄は部屋のドアを開けてくれた。
「雅臣兄さんと、ゆっくり、お話してね」
「琉生兄ありがとう……」
「また、すみれちゃんの髪、触らせて」
「うん、もちろん」
「ありがとう。おやすみなさい、すみれちゃん」
「琉生兄、おやすみなさい」
琉生兄と手を振って別れたあと、何故か足が軽かった。髪だけではなく心にも魔法がかかったみたいだ。ずっと迷惑をかけてはいけない、行ってはいけないと思っていたのに今は早く行きたくて仕方なかった。優しくて大好きな雅兄のいる、あの暖かい部屋へ。