黒が保健医




「先生ぇー…」


授業中で先生がなにやら教科書を読んでいたけど、その言葉を遮って声をあげた。自分でも驚くくらいに声はでなかったけど、先生の声しかしなかった教室に私の声が少しだけ響いたから一瞬に教室は静まって私の方に集中したのをひしひし感じた。あまりいい気分ではないけど、そんなのはどうでもいいくらいに今はそれどころじゃなかった。
ふらっと立ち上がり、手のひらを上げると私の顔を見た先生は何も言わずとも、行ってこいと目で合図をし私はよたよたと教室を出た。


良いことではないけれど、これが日常茶飯事になりつつある。
授業中に私が先生を呼ぶ=保健室に行くという流れがクラスメイト、先生、私の間で完成されてきていた。私は貧血持ちですぐ具合が悪くなってしまう。


頭から血の気が引いていくのを感じながら、ぼやけていく視界であと少し、あと少しと自分に言い聞かせて長く感じる保健室までの道のりを歩く。やっとのことで着いた保健室の扉を目の前にしてコンコンとノックをして開けると、机に向かっていた保健医の黒先生が振り返って目があう。

先生は私の顔を見るなり、静かに素早く近づいて腕を抱えてくれた。立っているのがやっとだったから、私は遠慮する余裕もなく先生に体重を預けた。


「お前…とりあえずベッドに」


何か言いたげな先生に引きずられるように連れていかれ、倒れるようにベッドに横になった。

先生は慣れた手つきで私を布団の中に入れてくれた。


「ネクタイ外すぞ」


横になると苦しくてネクタイを外そうと手を動かしていたら、先生はそれよりもはやく私のネクタイを外して、シャツの第2ボタンも外した。

ふぅと小さく息を吐いた。ベッドに横になったことで、気分は随分落ち着いてくる。


「お前は、よくここに来るな」


ベッドの横の椅子に座り、先生が横目で私を見た。
今週はまだ3回しか来ていないのに、そんな顔をしなくても。具合の悪い生徒の面倒をみてくれるのが先生の仕事でしょ。

と心の中で呟く。恐いから口には出さないけど。


「…すいません」
「飯はちゃんと食べているのか」
「あ・・・・・・・・・はい」


その間はなんだ、と先生はわざとらしく大袈裟にため息をついた。


「怒って、ますか?」
「…ああ」
「・・・・すみません。もうここには来ないようにします」


先生の手間はとらせませんから。そう言うと先生はより一層大きなため息をついた。


「そう言うことじゃない。お前が自分の身体を大切にしないことに怒っている」


お前を心配しているからだと続けて言った。そう言ってこちらをみる視線がいつもより暖かくてむず痒くて思わず視線を逸らしてしまう。


「先生…意外と生徒想いの良いひとなんですね」
「・・・・・・・まあいい。今は寝ろ。なにか欲しいものあるか」
「・・・」
「ないなら行くぞ」
「…少しの間」
「?」
「ここにいて欲しいです、先生がそばにいると安心して寝れるような気がするんです」
「……!?」
「人がそばにいると安心して寝られます」
「・・・・・ああ、そうか。子守唄歌ってやる」
「それはやめて下さい」
「冗談だ」


そう言って、先生がやわらかく笑った。
その先生の笑顔が似合わないくらい優しい表情だったから今度は私が驚いて目を見開くと、なんだ、とまたムッとした表情に戻ってしまった。今日は珍しく先生のいろんな表情が見れたような気がする。


「寝ろ」


昼になったら起こすからな。そう言って、先生は布団を肩までかけ直してくれた。


「はーい。おやすみなさい」















(ここに来る時は具合悪い時なのに、来てほしいというのも考えものだな…)



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