黒に甘やかしてもらう 握っていたペンを力なく離すところ、ころとノートの上を転がった。視界の隅にあった時計に目をやる。 もうこんな時間か。今日も寝れないな、と焦りと憂鬱を含んだ独り言がぽつりとこぼれた。 目一杯両手を上げて背伸びをしているところにコトン、とマグカップが後ろから差し出された。差出人の顔を見ようと振り返るより先に、黒の顔が私の横にきていた。 「珍しいな、」 ノートを覗き込みながら黒がそう呟いた。 「お前がそんなことしてるなんて」 「……まあ、ね。今までサボってきたツケが回ってきた」 「偉いな」 「偉くない、偉くない。むしろ怒られる方」 「勉強しているのには違いないだろ」 そうか?いや、なんか違う。誉められている状況に答えがわからずテーブルに置かれたマグカップを手にとり、口をつけた。わたしの好きなミルクたっぷりの甘いコーヒーの味に少しほっとする。 「偉い。」 またそう言って、黒が私の頭に手をのせてくしゃくしゃと撫でた。 小学生じゃないんだからそんな褒めることでもないのに。親バカか。 頭に手をのせたまま黒が私の顔を覗き込んだ。 「疲れている顔をしている」 「そう?」 「少し寝ろ」 「そんな時間ない」 「30分」 強制的にマグカップを奪われ、テーブルの上に置かれた。それからそっと肩をひかれて、なすがままに黒の膝に頭を乗せることになった。 「30分後に起こす」 「いや、でも…」 「寝ろ」 「でも「バカの考え休むに似たり」 「おい」 今さらりとひどいこと言ったよこの人。 ふわりと目の上に黒の左手が置かれて視界が暗くなった。疲れで反論する気にもなれなくて、まあいいかと諦めて目をつむる。 諦めたのが伝わったのか、黒の体が少し動いて、パラパラと本のページがめくれる音がした。片手で本を読んでいる姿を想像して、器用だなあとぼんやり思う。 「刹那、」 「ん?」 完全に寝るモードに入ったわたしは目を閉じたまま返事をした。視界を覆っていた手は今はゆっくりと髪の毛をすいている。 「どうして勉強をする」 「なんでだろう…それが"当たり前"だからかな?」 黒の声と髪の毛をなでる手に、うとうとしながらぼんやりする頭でなんとなく答えた。 「辛いなら勉強しなくて良い」 「…ん?」 「俺がお前の面倒みる、ずっと」 「ん…勉強は嫌だけど"当たり前"を捨てるのはこわい」 「全部捨てろ、すべて俺に頼れば良い」 ぽんぽんと肩を叩かれて目を覚ました。目をこすり時計を見るとさっきの時間の30分後だった。 小さくあくびをして黒にお礼をする。 「ありがとう」 「ああ」 「勉強がんばる」 「…そうか」 「勉強がんばるし、黒にもうんと甘やかしてもらう」 「…ふ、お前らしい」 黒が少し笑って、頑張れと言ってくれた。 (「でも、あと30分だけ寝かせて!」「……」) ← |