由美子先輩の弟




「ほ、本当に誰もいないですか?」


玄関に鍵を差す由美子先輩の背中に何度目かの同じ質問を投げ掛けた。由美子先輩はだからみんな出掛けてるってとクスクス笑った。

由美子先輩のお家には何度かお邪魔して、先輩の作ったケーキをご馳走になっている。今日もチェリーパイが上手く焼けたから一緒に食べようと素敵なお誘いをして頂いたのだ。

由美子先輩も、先輩が作ったケーキも大好きな私は断る理由なんてなくてふたつ返事で行きますと言った。ウキウキしていた気持ちは由美子先輩の家が近づくにつれ、そういえばと不安に変わってきて同じ質問をしては由美子先輩にしつこいと笑われた。


「お邪魔します…」
「ほら、誰もいないでしょう?」
「はい」
「家の人に人見知りなんてしなくていいのに。今、ケーキ持ってくるね。座って待ってて」

そう言って、由美子さんが台所に向かったので、私はリビングのいつも座ってる椅子に腰かけた。
さっきまでの不安はどこえやら、スイーツモードに突入しましたよ、先輩。うへへ、と口元をゆるませてると、

ーガチャ

玄関の方から扉が開く音がしてその後ただいま、と声が聞こえた。えっ、いや、まさか。なんて思考を巡らせるより先にその人は目の前に現れた。
リビングに入ってきた人と目が合った瞬間、その人はにこやかな笑顔をより強めて私を見つめた。

「つぐみさん。いらっしゃい」
「お邪魔しています…」

「あら周助おかえり。早かったのね」
「うん、テストが近いから部活軽めに終わったんだ」
「周助もケーキ一緒に食べる?」
「いいの?つぐみさんいいですか?」
「…はい」

ありがとうございます、そう言って微笑んで隣に座る周助君は中学三年生らしいけど落ち着いている。年下らしさが皆無だ。
この雰囲気がどうしても意味がわからなくて怖くて苦手。笑顔がすんなりと笑顔と認識してはいけないような、やわらかな毒のある笑顔。大好きな由美子先輩に似ているのに、まったく違う。正直周助君に会うのが怖いのだ。

隣にいる周助君の視線を感じながら固まっているとキッチンから由美子先輩がひょっこり顔を出した。


「ちょっと紅茶の茶葉切らしてるみたい、買ってくるから待っててくれる?」
「いえ、おかまいなく」
「いいの。ケーキにピッタリな紅茶飲ませたいから。ごめんね、周助と5分だけ待ってて」
「あっ由美子先、輩…」

私も行きます。そう言うより前にお財布を持った由美子さんはウインクをして家を出ていってしまった。

車のエンジン音がどんどん遠退いていく。


「フフそんな緊張しないで」
「…」
「姉さん、家に友人を招くなんてめったにしないんだ」
「え、そうなんですか」
「家でもつぐみさんの話ばかりしていて、つぐみさんのこと大好きみたい。

まあ、僕の方が好きなんですけどね。フフ」
「ブフォ」
「年下は嫌いですか」
「いや、考えたことないっすね…」
「今考えて」
「なんか、ちちち近くないですか…?」
「まあ近寄ってるからね、フフ」
「離れてください」

どうして?好きなのに?と迫る周助君のに防戦一方の私はただただ先輩早く帰ってきてと祈るばかりだった。



『ただいまー』

由美子先輩の声が聞こえて、主人が帰ってきたと喜ぶ犬のようにバタバタと玄関へ向かった。おかえりなさい!!!と歓喜しながらお迎えすると由美子先輩は少し驚きながらそんなにお腹すいてた?すぐ準備するねと微笑んでくれた。




「皿下げるね」
「とっても美味しかったです!ご馳走様でした」
「そんなに喜んでもらえると嬉しいな。ふふ」

お皿を持った由美子先輩が背を向けて、キッチンへ向かった。

「クリーム付いてます」
「…っ?!」

周助君が私の口の端についてもいないクリームにちゅっと口をつけた。

ケーキにクリームなかったでしょ!と小声で言って信じられない、という目で睨むとクスクスと楽しそうに笑うだけだったので中3のくせに!中3のくせに!とエアーでテーブルを叩いた。





「由美子先輩ご馳走様でした」
「また、ケーキ食べに来てね」
「はい、ぜひ」

手を振る由美子先輩にお辞儀をして、玄関を出た。

「つぐみさん、忘れてますよ」

先輩に背中を見送られながら歩くと、周助君が小走りで近寄ってきた。そして、私に携帯を差し出す。

由美子先輩の家で携帯を触った覚えがなくて不思議に思いながら、どこかのタイミングで落としてしまったのだろうと納得させて携帯を受け取った。

「ど、ども」
「今度は僕に会いに来てください。もちろん姉さんには内緒で、ね?」

周助君は後ろにいる由美子先輩に聞こえないように耳元で囁いて、イタズラっぽく笑った。

私はツチノコをみたような、この世のものではないものに心をザワつかされたような気持ちで、逃げるように不二家を後にしたのだった。





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