柳と幼馴染み




朝、玄関を出ると同時に隣のおばさんも玄関から飛び出した。


「あ、おばさん。おはようございます」
「あら、刹那ちゃん!おはよう」


エプロン姿のおばさんの手元に注目すると、持っているのは紺色の布に包まれたお弁当箱ようだった。


「蓮二さんお弁当忘れていったらしいの…刹那ちゃん、もし良かったら一緒に持って行ってくれないかしら?」


蓮二さんお金持っていると思うから学食で食べてもらっても良いんだけどね、とおばさんが困ったように笑った。
気は乗らないけど、断るような事でもなかった。どうせ学校に行くのだ。


「良いですよ。持っていきます」
「ありがとう。刹那ちゃんが持って行ったらきっと蓮二さんも喜ぶわ」

お礼は蓮二さんにさせるからね。気をつけて行ってらっしゃい。とおばさんのウインクに見送られ学校に向かった。


隣の家に住む柳家とは家族ぐるみで仲が良かった。今でもたまに、一緒にごはんを食べたりしている。
同い年ということもあって、柳蓮二とは小さい頃はいつも一緒だった。幼馴染みというやつだと思う。
今はそう仲が良いわけではなく中学校に入ってから柳は強豪テニス部に入り前にも増して、成績も常に上位。帰宅部の成績は中の下の私とは違う世界の人間になってしまったように思う。中3になるころには顔を合わせても挨拶すらしない。少し気まずい雰囲気が流れるだけの間になってしまった。



そうだった、もう柳とは挨拶すらしないんだった…これ、どうやって渡そう?
手にしたお弁当を見てぼんやりと考える。

柳の分も食べてしまおうか…いやいや、うちのお母さんにバレたらきっと怒られる。直接渡すのは気まずいから全力で避けたいなあ。そうだ。誰かに渡してもらえば良いだけの話だ。柳のクラスメイトとか。




「刹那?」


柳のクラスを覗くと、後ろから名前を呼ばれた。
ゆっくり振り返ると、もの珍しそうにこちらを見ている柳と目が合った。げ。


「…柳、くん」


私の手にしているお弁当を見て、理解したらしく柳はああと小さく頷いた。


「すまないな」
「いえ。お隣さんですから。私はこれで」
「待て。今日は部活が休みなんだ。久しぶりに一緒に帰ろう」
「あー…『今日は友達と約束があってとお前は言う』…そうなんです」
「だが、それは嘘なんだろう?」
「・・・・・・」
「嘘をつく時の癖は昔から変わっていないな」


クスクス笑う柳にムッとしながら癖って何?と聞いたら放課後迎えに行く。と華麗にスルーされた挙げ句、半ば強制的に一緒に帰ること決定になってしまった。



柳と一緒に帰って、気を遣ってやるくらいなら一人で帰った方がましだ。憂鬱…

こうなったら先に帰ってしまえ!とHRが終わる瞬間さようならの"な"を言う前にダッシュで教室を出た。ドアを通り抜けたところで、腕を捕まれ転びそうになる。

危なっ…。あ、柳。え?

「は?まだ柳のクラスHR終わってないんじゃ…」
「気のせいだ。さあ、帰るぞ」

学校を出るなり左手が温かさに包まれた。自分の左手は柳の右手が握っていた。あまりにもさりげなさすぎて、一瞬理解が出来なくて、右手と柳の顔を交互に見ると、なんだ?と何くわぬ顔で柳はこちらを見た。

「ちょ、何してるの」
「?これか?手を繋ぐのは当たり前だっただろう。前は」
「前と今は意味が違うでしょ。離して、やだ」
「嫌なら力づくで離してみろ」

まるでお前には無理だと言うような柳の視線に帰宅部なめるなよと、握られた手を離そうとブンブン振ると、一層強く手を握られた。ミシミシと手の骨が悲鳴をあげる。

「痛っ痛い!ギブ!」

そう言って抵抗をやめると、柳は笑ってまた優しく手を握った。

歩きながらも隙あらば手を抜いてやろうという試みは何度も失敗し、手はひりひり痛くなっていた。そこまでして手を繋ぐ必要があるのか疑問だ。

「そこの公園寄って行くか」


そう言った柳の視線の先には昔よく2人で遊んでいた公園だった。
懐かしい。前より小さく感じる公園はあまり使われていないのか、草が伸び放題になっていた。

柳が公園の中へ私の手を引いた。その柳の後ろ姿はあの頃から随分とたくましくなったように感じる。私の成長期まだかな。
茂みの中の小さなベンチ腰をかけると、木製のイスは体重をかけるとミシミシと音がして、2人座って大丈夫なのか心配になるくらいボロい。
すぐ近くにあった自動販売機で柳が自然に缶ジュースを2本、買って1本を差し出す。

差し出されたのは昔よく買っていた大好きだった缶ジュースのいちごみるくちょこだった。最近はどこの自動販売機にもなかったのに。さすがの記憶力です。


「ありがとう、柳」
「蓮二」
「?」
「前は蓮二と呼んでいただろう」
「いつの話だよ」
「さっきも言ったが、俺は昔から何も変わっていない。昔からずっとお前が好きだ」
「ぶっ!…は?」

突然の言葉に口に含んだジュースを吹き出しそうになる。昔そんな話をしていたようなと思い出す。数年後に聞く同じ言葉はこんなにもダメージが大きいとは。

「今も変わらない。中学の学年が上がるにつれお前は徹底的に俺の事を避けていたがな」


横目で睨まれて、いたたまれない気持ちだ。ベンチがミシミシときしむ。


「うう…」
「嫌いならそう言えば良い。そうではないのなら俺の良いように解釈する」
「…嫌いじゃない」
「そうか」
「でも好きでもないと思い、ますけど」
「じゃあ試してみるか?」


グッと顔を近づけてきた柳の表情がまさにヤバイそのもの、何かを企んでいる顔だった。ヤバイと察知して顔を押しやった、ついでにムカつきすぎたので目潰しもした(直前で押さえられたけど)。


「なっ!?遠慮します!」
「ふ、まあ時間はこれからたくさんあるしな。お前自分の気持ちに確信を持てるまであと3日と22時間程度だろうな」
「(これからも柳のこと積極的に避けていこう…)」




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