ヤス
「・・・」
(・・・なんで?)


 家に帰り着いたら先ずは右手を処置しようと思っていた。

 制服を着替えて、夕食を食べて、祖母ちゃんの昔話を聞くのも日課だ。

 風呂に入る時はどうしようとか、夏樹が来たら何て誤魔化そうとか。心が決まったせいか、右手の痛みに慣れたからなのか、冷静にこれからの行動を考えていた。



 今俺は、自分の家の前に辿り着き、門の前にしゃがみ込んでいる人影を見ている。

 なんてことは無い、ただしゃがみ込んで少し遠くを見つめているだけ。ほとんど動かずただ其処に居る。

 これで二回目だ。泣いてはいない様子だけど、いったい何があった・・・?


 それにしても、まさかここで会ってしまうとは考えていなかった。

 先ほどまで生々しく赤い液体を垂れ流していた右手には、自分で撒いたハンカチが張り付いている。これでは誤魔化す前にバレてしまうじゃないか。

 とにかく躊躇っていても仕方がない。右手を隠すようにポケットに仕舞うと、まるで今にも泣き出してしまいそうなその横顔に声をかけた。


ヤス
「・・・夏樹?」

夏樹
「・・・!」


 俺の声に若干驚いて振り返った夏樹。その頬には、少し泣いた跡が残っている。

 まるであの時みたいだ・・・。


ヤス
「どうしたの?家の中、誰も居なかった?」

夏樹
「あ、え・・・っと」

ヤス
「入ってればいいのに、そこでずっと待ってたの?」

夏樹
「あのね・・・」

ヤス
「ほら、開いてるよ?」

夏樹
「ヤス」

ヤス
「・・・ん?」

夏樹
「・・・わたし、そういうの、もう・・・やめようと思って」

ヤス
「・・・」

夏樹
「ほら、また変な噂とかになったら困るでしょ?」

ヤス
「・・・何、言ってんの?」

夏樹
「・・・」

ヤス
「・・・言ってる意味がわからないよ。ちゃんと説明してくれないかな」

夏樹
「さ・・・さっきね。ユウちゃんに会ってきたの」

ヤス
「・・・」

夏樹
「ユウちゃんね?ヤスと、戻りたいって」

ヤス
「・・・は?」

夏樹
「だから、もうやめなきゃ」

ヤス
「・・・」

夏樹
「もう、ユウちゃんを傷つけちゃダメだもん。ヤスの気持ちも、大事にしたいから・・・それを、伝えに来ただけなの」

ヤス
「・・・」

夏樹
「これでやっと安心できるなぁって思ってたんだ。ふふ、良かったじゃない。ずっと忘れられなかったんだもんね。ヤス」

ヤス
「・・・」



 あぁ・・・そうだったのか。

 ずっと勘違いしていたのは俺だった。

 今、やっとわかった。




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