「生まれ変わった時透君に呼び出される話」のその後






「もう誰もいないし、向こうの本棚整理してくるね」
「じゃあ僕はこっち」
「分かった」

夕陽が射し込む図書室。目につくものすべてが赤色に染まり、どこか懐かしい雰囲気が漂う中。私と無一郎は扉を施錠するべく、最後の見回り作業へと足を進めていた。図書委員になってからこれが初めての仕事。机に置きっぱなしの本や手前に飛び出た本、それを元あった場所へと丁寧に収納していく。スーッと息を吸えば、本特有の、古びた紙の匂いが鼻いっぱいに広がった。


「(……はぁ、いい香り)」

深呼吸をして、それをめいっぱい堪能する。この匂いを嗅ぐとどうしてこんなにも心が穏やかになるんだろう。ずっとここに居たいような、うたた寝したくなるようなそんな気分にさせてくれる。そういえば、うんと昔も、屋敷の縁側に寝転がってよく本を読んでいたっけ。あの頃は今ほど本の種類が豊富じゃなかったから、見るものすべてが新鮮でとっても面白かった。婆やが持っていた料理本を読み漁ったり、蟲柱のしのぶさんの所にわざわざ借りに行ったり。内容まではさすがに思い出せないけれど、中には擦り減るほど何度も何度も読み返た本なんかもあったようななかったような。
なんてことを思いながらふと前列の棚を覗き見た私は、そこに偶然無一郎の姿を見付け、知らぬ間に釘付けになってしまった。


「(……あぁ、ドキドキする)」


邪魔になるからと束ねられた髪。それが動くたびにゆらゆらと揺れて、髪の隙間からは夕陽がチラリと顔を覗かせている。
――しんどいなら休んでたら?、かつてそう言った無一郎の姿が今の姿と重なり合う。着ているものは違えどどこか見覚えあるそんな姿に、こっそり見ていることも忘れただひたすら魅入ってしまう。そんな無一郎が、はるか昔からずーっと大切な存在で、百年経った今も変わらず自分の傍にいてくれている。そう思うだけでなんだか無性に擽ったくなって、気恥ずかしくなった私は見ていられなくなり無意識に顔を背けた。

「(もう、心臓に悪いよ……)」


下を向いて、息を吸う。でも上手く吐けなくて咳き込みかけた。落ち着け、と言い聞かせても収まる気配は全くない。記憶が蘇ったあの日からおおよそ数週間。一体いつになったらこの関係に慣れられるのだろうか。何気ない話をする時も、こっそり手を繋いで帰る時も、病気かっていうくらいに胸のドキドキが収まらなくなる。こんなんじゃいつまで経っても進展しない。そう思い思い切ってジッと見つめてみたこともあったけれど、結局こっちが耐えられなくなりすぐに目を逸らしてしまった。蒼くて綺麗で、緑玉みたいに透き通った瞳。そんなをまたどうしても見たくなって、結局いつもこうして隠れて覗き見てしまっているのだ。


「(え?……あ、あれ?)」

しかしそこにはもう時透君はおらず。
急いで周りを見渡したけど、どこにも姿は見つからなかった。背伸びしたり俯いたりしてみてもそれらしい影は見当たらない。一体いつの間に。どこへいってしまったのか。そわそわと不安が込み上げる。でも、とりあえずは手に持っている本を棚へ戻してからだ。そう思い勢いよく後ろを振り返ったら、その瞬間、背後にいた誰かと顔面を強打した。

「―っ!!」

びっくりして目を瞑る。持っていた本はバサバサと床へ落下していった。まずい、後ろに倒れてしまう、そう思い頭を抱え込む。でも思っていた衝撃は来ず、代わりにやってきたのは抱き留める腕の力強さだった。そっと目を開くと、そこには探していたはずの無一郎の姿が。「今の効いたよ」そう言われて心臓がとびはねる。

「ご、ごめん……」
「ねぇ、何見てたの」
「え?いや……、えぇっと、」

緊張と焦りで目の前が揺れる。どうしよう。なんて言おう。咄嗟に離れようとするも、がっちりホールドされていて身動きがとれない。シンとした図書室に、自分の心音だけがものすごく響いている。正直に言うべきか、言わないでおくか。そう悩み告げた「時透君」のひと言は、自分でも驚くほどか弱くて小さかった。

「ご、ごめん。たまたま目に入って…嫌だったよね」
「嫌じゃないよ」
「へ、変な意味はなくて」
「分かってる」

目を合せれば合わせるほど、中に吸い込まれそうになる。蒼い目が夕陽と混ざって、まるで紫色の虹を見ているようだ。しかもそれに見惚れていると返事するのを忘れてしまい、えっと、とかあの、とか曖昧な返事ばかりしていたら、段々顔が近付いてきて紡ぐようなキスをされた。一瞬何が起きたのか分からなかったけれど、唇に残る微かな感触に、すぐさま脳内が真っ白に染まる。

「ごめん。我慢できなかった」
「………うん」

初めてのような、初めてじゃないような。絞り出した声は、きっとこの近さでも辛うじてしか聞こえなかったと思う。ああ大変だ、キスしちゃった。あの時透君と。そう認識するや否や心臓がバクバクと暴れ始める。こんな音色、もし聞かれでもしたら。そう思い必死に胸を押し返したのに、時透君ったら、私の手首を掴んでさらにグッと引き寄せようとする。

「は、離して、欲しいんだけど」
「どうして?」
「恥ず……かしいから」
「じゃあ余計離さない」

ああ言えばこう言う。まるで照れている姿を見て可笑しがっているみたいに。だからムッとして少しだけ睨んでみれば、フッと笑って隙を奪うように本日二回目のキスをされる。誰もいない夕方の図書室で、長くて甘い優しいキスを。やっぱり時透君は意地悪だ。昔も今も変わっていない。
しかも身体を離した後、さらにとんでもない言葉を投げかけてくる。

「…今日さ」
「…?」
「今日、父さんも母さんも帰って来ないんだけど」
「…!」
「来る?家」
「……」
「嫌?」

ずるい。ずるいよそんな言い方。私に決定権を委ねるなんて。

「……」

だけど、そうやって言われたことに対し必死に首を横に振っている私も、昔から何ひとつ、変わってはいないようだ。









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