[SS文]




「げほっ…うぅ…」

前夜から具合が悪く寝込んでいた私は、忙しなく働く婆やの足音に耳を傾けていた。屋敷にはすでに数人の隊士がいて、食事を終えたのか談笑する声が聞こえてくる。ここ最近忙しかったから身にこたえたのかな。せめて洗い物だけでもと思い上体を起こしたものの、頭がくらくらしてやむをえず断念する。そしたら時を同じくして、玄関先から戸を開く音が。



「御苦労様です」

婆やの出迎えの声。その挨拶に返事はなかったものの、刀を置く音で相手が鬼殺隊員だと分かった。この時間なら恐らく任務終わりだろうか。昨夜は雨が降ってたからきっと疲れ切ってるはず。どんな様子か気になって耳を澄ましてみたけど、部屋が遠いせいか話の内容までは聞き取れない。


「(……)」
「(…、あいにく……)」
「(……)」
「(だめです。…………)」


あいにく?だめ?部屋の話かな?まぁ屋敷うちは他と比べて小さいし中も狭いから空きがなくても不思議じゃない。だとしたらもの凄く申し訳ない、せっかく雨の中頼ってきてくれたっていうのに。でもそんな予想とはうらはらに客は玄関の式台を踏み込むと、なぜかこちら側に向かってスタスタと歩いてきた。誰だろう?ちょっぴり怖い。この先もう部屋はないし、迫りくる足音に布団で鼻を覆い隠す。そして何の前ぶれもなく障子が開かれると、その正体に思わず声が出た。


「むっ…無一郎様!?」
「寝込んでるって聞いたけど」


なんでこの人がここに?驚きのあまり開いた口が塞がらない。かたや無一郎はスッと部屋に上がり込むと、何食わぬ顔で布団の傍に腰を落ち着かせた。だめです移りますからと言っても聞く耳を持たず、終いには手の平でおでこをぴたっと覆い始める。あぁひんやりして気持ちいい。いやそんなことよりも、今はまずそのびしょ濡れの身体をなんとかしてもらわなければ。

「そんな恰好でいたら風邪引きます!早くお着換えをなさって下さい」
「うるさいなぁ。大声出さないでくれる?」
「だってびしょびしょだから…手も冷たいし」
「別に何ともない。雨には慣れてるから」
「慣れてるっていったって…」

そっちは慣れててもこっちは慣れてない。ただでさえ風邪がうつるかもしれないのに濡れたまま放置なんて出来るわけがない。でもしつこく言ってたらなんと今度はその場で襟の留め具を外そうとし始めた。慌てて止めたものの、顔に熱が集中しすぎて今自分がどんな表情してるかもよく分からない。

「わ、私のことなんて放っといてください…万が一うつって寝込んだりしたら…」
「風邪くらいで寝込んでるようじゃ柱なんか務まらないよ」
「それでもうつらない方がいいに決まってます。今だってまだ熱があるし近付かない方が…」
「いいから大人しく寝ていなよ」


寝ていなよって言われても。目の前であなたがじっと見てるのに?冗談か何かかと思いちらっと見てみたものの無一郎は至って普通通り、いつになく涼しい顔をしている。これは果たして 無意識なのかわざとなのか。おそらく私は前者だと思うけど、それにしてもこの思わせぶりな態度は十五そこそこの女子にとっては物凄く心臓に悪い。だから、「お部屋をご用意しました」っていう婆やの声かけに「もう少しここにいる」と答えた霞柱様を、私はもうまともに直視することなんて出来なくなっていた。






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