[輪廻/一部大正軸あり]


話があると言われた。よりにもよって時透君から。
一瞬動揺した素振りを見せたからか、彼は私から一切目を逸らそうとはしなかった。そして学校の中では言いづらいからと、授業終わりに近くにある小さな神社へ向かうことになったんだけれど。

「……」
「……」

ずっと無言の道中。うるさいくらいに鳴る心臓の音に、手のひらにはじんわりと汗が滲み始める。学校じゃ言い辛くて二人きりじゃないとだめなこと。何だろう。女子絡みかな、それとも授業の内容のこと? そうやって色々と当てはまりそうなものを思い浮かべてみたけれど、思い当たるものはやっぱり、あの時のことしかなかった。





私の頭の中には、物心が付いてからの記憶以外にも別の記憶が存在している。それが現れたのはこの学校に転校してきてからで、もっと細かく言うなら、床に落ちた消しゴムを拾おうと手を伸ばした時、同じく伸びてきた時透君の手と偶然触れ合ってから。その瞬間、かつてこの魂が抱いていたであろう彼への思いが身体の隅ずみまで流れてきた。訳も分からず混乱する頭、そんな私にかけられた「どうしたの」という言葉が、かつて聞き慣れていた声とぴったり重なり熱いものが込み上げる。そんな私の姿を見た時透君はものすごく驚いていて、これ以上顔を見られたくない そう思った私はごめんと言い残し保健室へと駆け込んだ。

それから私達はひと言も会話していない。きっと時透君は気を悪くしているだろうし、変な奴だと思われたくなくて自分からは話しかけられなかった。
あの頃の儚すぎる記憶。生まれ変わった今でもそれが残っているのは、きっと彼に対する強い気持ちが影響しているからだと思う。勿論楽しかった思い出もあるけど、何よりも奥底にあるのは 時透君のお陰で平和な世の中になったのに、そこに彼がいないということ。幸せなのに苦しい。その葛藤や痛みが、長年経った今でも私の胸を締め付けていた。







神社の境内に入り。
砂利を鳴らしながら歩く私と時透君は、丁寧に参拝をしたあと石壇に並んで腰を下ろした。視界の端には学ランの黒。二人きりの空間にバッグを下ろす仕草がぎこちない。
でも――― 

「(あぁ、ぽかぽかする……)」

そんな緊張を、春風がふんわりと解き解してくれた。ふとおでこに何かが張り付いたので摘まんでみると、そこには綺麗な桃色をした一枚の花びらがあった。意識してばかりで気付かなかったけれど、神社の周りには桜の木々たちがあって、今がちょうど見頃を迎えているらしい。花びらが風に乗りまるで雨のように降りしきる光景に思わず息をのむ。
そういえば随分と昔、同じように桜の木を前に並んで団子を食べたこともあったっけ。あの時は確か時透君の記憶がまだ戻っていなくって、日々の出来事はおろか出会った頃のこともみんな綺麗に忘れ去られてしまっていた。仕方ないといえばそれまで。……でも、もしも覚えてくれていたのなら、本当はその日、彼をお祭りに誘いたかったんだよね。命を助けてもらった場所、つまり出会った場所のすぐ傍にある神社の桜祭りに二人で行こうって。それも結局は叶わず終いだったけれど、木々に吊るされた提灯が赤く映えてきっと幻想的で綺麗だったんだろうなぁ。なんてぼんやりと考えていた。そしたら、

「夜にまた見に来ようよ」

時透君が言った。見透かされたのかと思い焦って顔を向けると、向こうもまたこっちを見ていたので慌てて目を逸らす。どうやら今晩ここで夜桜祭りがあるらしい、神社の入り口にはのぼり旗がいくつも立てられている。

「時透君と?」
「うん」
「……二人で?」
「他に誰がいるの」
「そう…、だよね」

しどろもどろになり、震え出す手を自らぎゅっと押さえつける。だって今考えていたことをそのまま言われるなんて、運命の悪戯としか思えなかったから。どうして私なんだろう。誘う人なんていくらでもいそうなのに。きっと以前の私なら飛び上がって喜んでいたと思う。でもかつての魂が宿った今は、二人きりになって余計に色々と思い出すのが不安で不安でしょうがなかった。

「…、ねぇ、聞いてる?」
「え? あっ、ごめん」
「無理しなくていいよ。そんなに嫌なら―」
「嫌じゃないよ全然! むしろ嬉しい」
「嘘は駄目だよ」
「嘘じゃない。本当だってば」
「じゃあどうしてそんなに焦ってるの」
「! 焦ってなんか……」

そして時透君はそんな不安定さを察知したらしく。黙り込む私に、それ以上話を続けようとはしてこなかった。しばらくの沈黙が続き、まっすぐ前を向いた彼はいつになく思い詰めた表情をしている。どうしよう 私のせいだ。誘ってもらったのにちゃんとした返事をしなかったから。ただでさえここ数日会話がなかったのにこれ以上やな奴だと思われたらきっと一生立ち直れない。
だから、「じゃあ聞くけど」なんて言われた時はどんなひどい言葉を浴びせられるのかと覚悟するしかなく気が気じゃなかったんだけれど――


「僕のこと覚えてる?」


そう言われて咄嗟に目を見開いた。
い、今……今なんて? 意味はすぐには呑み込めなかったものの、なにかとてつもなく重大なことを言われたような気がして胸の奥がざわついた。身体が知るのを躊躇っている。でも勇気を出して復唱し、時間をかけながら咀嚼していくうちに、ようやくその真意を受けとることができ心の中で頷いた。……そっか。時透君も覚えていたんだ。そう思った瞬間、記憶の奥にある固くて重い何かがぱっとはじけ飛んだ気がした。思い出の中だけにいた鬼狩り姿の時透君が、リアルとなって今自分のすぐ隣に座っている。そう思うだけで周囲の雑音が消え、全てがスローモーションに映った。

「……覚え、てるよ」
「やっぱり。何となくそんな気がしたから」

心なしか温かみを帯びた声。そんな時透君の横顔を見ていると抱え込んでいたものがみるみる溢れてきて、いつの間にか私の頬には大量の涙が流れ落ちていた。黙っていてごめんと背中をさすられ、終いには嗚咽が漏れ始める。制服越しに感じるのはあたたかい手の温もり。そのやさしくて懐かしい感触は、はるか昔私がずっと待ち望んでいたものに違いなかった。

「っ……ぅっ……、…」
「ごめん。落ち着くまでこうしていていいから」

身体をぎゅっと抱き寄せられ、襟元でそっと目を瞑る。息を吸うと匂うどこか落ち着く香り。それは藤の花のように甘くて柔和で、守ってくれるような安心感もあった。短いけど深い抱擁が離れ離れだった時間を一瞬で埋めてくれる。かつて叶わなかった自分の儚い願いが、今まさに実を結んだような気がした。

それから時透君は少しずつ、これまであった出来事を私に打ち明けてくれた。そのどれもが作り話みたいで、未だ啜り泣く私は半分おぼろげに聞いてしまっていたのだけれど。

幼少期から別の記憶をもっていた時透君は、その存在を不思議に思いつつも、家族と共にごく平凡な毎日を送ってきた。鬼狩りとか柱とか記憶障害とか、夢にしちゃ正直よく出来てるなぁなんて思ってもいたけれど所詮はその程度で。この記憶はきっと昔見たテレビの何かだろうくらいにしか捉えてはいなかった。得意なのは将棋で、上手かったのは剣道。剣なんか一度も握ったことがないのにと親の方が不思議がっていた。
おかしいなと感じ始めたのは学校へ入学したとき。そこで初対面なはずの炭治郎や鬼殺隊の皆を目にした途端、かつてこの魂が経験したであろう全ての記憶が鮮やかに蘇ってきた。短すぎた生涯、楽しかったことや辛かったこと、中には壮絶すぎて思わず否定したくなるようなこともあったけれど、大切な仲間達との思い出の方が何倍も、何十倍も色濃いものに思えた。そしてその中でもひと際人生に色を与えてくれていた人物、それがかつて藤の花の家紋の屋敷にいた―

「ななこだよ。本当はすぐに見つけ出したかったんだけど」
「……」

探しても探しても見つからなくて、もどかしい日々が続いた。一人だけいないなんて有り得ない、きっとどこか別の場所にいるんだと必死で自分に言い聞かせた。でもしばらくして隣のクラスに転校生がやってきたと言われ目にした時、その顔を見て息が止まるかと思った。

「最初は廊下ですれ違ったんだっけ」
「えっ? 全然気付かなかった……」

まさに生き写しのような姿。咄嗟に名を呼びそうになり慌てて手で押さえ込んだこともある。控えめで照れ屋でかわいらしい声、そのどれもが昔と同じでショックすら覚えた。結局翌年同じクラスの隣席になれるまでの間、ずっとずっと目で追い続けていた。

「そしたらそのうちななこが消しゴムを落としたから。触れたらどうなるのかと思って」
「あ、あれわざとだったんだね」
「ダメ元だけど」

もしかしたら私の記憶が蘇るんじゃないかと思い強硬手段に打って出たらしい。そんなことも知らずひとり保健室へ駆け込むなんて、自分はどれだけ大馬鹿なんだ。

「でも……どうしてもっと早く教えてくれなかったの? 言われたら思い出したかもしれないのに」
「もしかしたら僕のことを恨んでるかもって思ったから」
「恨むって?」
「ななこを置いて死んでしまったでしょ」
「そんなこと思うわけない。時透君のお陰で平和な世の中になったんだから」
「そう」
「……でも」
「?」
「すごく寂しかったのは事実だよ」

今でも思い出すと泣いちゃうし。そう言うと腕の力がうんと強くなった。痛いよと言っても離してくれず、じっとしててと宥められる。胸の鼓動も随分と速い。しばらくして囁かれた「ごめん」のひと言は、これまで言われたどの「ごめん」よりも重く深く、少しだけ震えているようにも思えた。
そりゃそうだよね。だって時透君は私なんかよりもずっとずっと前から、あの儚い記憶とともに生きてきたんだから。でもそう思うとまた涙があふれそうになって、焦った私は彼に気付かれまいと慌てて指で拭い取った。

「……だったらさ、」
「?」
「あの頃の分も幸せにするから、僕と       」

そして、その後の会話は高揚しすぎて実はよく覚えてはいない。でも神社からの帰り道、二つの影か仲良く繋がれているのを見て、私はただひたすら幸福感を噛み締めていた。






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -