※柱稽古中のお話。
事後表現有注意







鴉達の鳴き声で目が覚めた。

どうやら夜が明けてから随分時間が経っているらしい。瞼の裏の世界はもう既に耀々と明るい。早く起きなくちゃ。そう思いながらも、夢と現実の狭間を何回も行き来する。やがてふと瞳を開けば、見慣れない天井の格子模様が目に映った。それだけじゃない、見慣れない壁に見慣れない家財道具。畳の匂いも随分真新しくて芳ばしい。―そっか、ここはうちの屋敷じゃないんだ。昨日からこっちに手伝いに来ていたんだった。柱稽古で忙しい霞柱様の手助けをするために。何もかも思い出して、身体がみるみるうちに熱くなっていく。でもそんな時、真横から声がした。


「おはよう、ななこ」

見れば、いつから起きていたのかこちらを見つめる無一郎の姿。動揺しながらも「おはようございます」とそう返したら、ふわりと微笑んで、首にかかる髪を手でそっと退かしてくれた。ああもう心臓に悪い。鬼の出現がなくなりこうして二人で過ごすことが出来るようになったのは嬉しいことだけど、慣れない分何もかもが新鮮で、毎回毎回照れ臭さを押し殺すに死ぬほど苦労した。しかもこのお方は、女の子が悶絶してしまうようなことをさらっとやってのけるからこれまた厄介なのだ。


「…へ」

今だって、急に被さってきたかと思えば私の首元に顔を埋め始めた。硬直していると、間もなく肌にチクリと刺されたような疼痛が走る。ハッとして身を引けば、霞柱様は何食わぬ顔でじっとこちらを見下ろしていて。

「こんなところに付いているのを見られたら、何をしていたか一目で分かるね」


その言葉を聞き息が止まりかける私。弾かれたように飛び起き、持ち物の中から手鏡をバッと引っ掴む。恐る恐る覗けば、そこには予想した通りくっきりと鬱血した痕が。サッと血の気の引く身体。ここまでしっかりやられたら、取れるのに軽く三日はかかる。

「だ、だめですこんなところに付けたら!!」
「こんなところだから付けたんだけど」
「なんで?着物でも隠せない場所なのに…」

そう言うと深い溜息を吐かれた。きっと分からず屋とでも思っているんだろう、心底呆れた顔で隊服の乱れを整えている。でもこちらも引き下がるわけにはいかない。訳を聞かずしてここを離れるもんかと、じっと見つめたまま返事を待ち続ける。そしたらどういうわけか無一郎は「こっちへ来て」と手招きをした。もしや謝罪でもするつもりなのかと何の疑いもなく傍へ寄る自分。でも無一郎は、そんな私をすっぽり腕の中に収め込んでしまった。押し返しても阻めない。なんて腕力してるんだ。

「だってこれくらいしておかないと。打ち込み稽古中だっていうのに暢気に君のこと見ている奴、何人いると思ってるの」
「いっ、いないですよそんなの!」
「気付いていないの?相変わらず鈍いなぁ」
「鈍くなんか」

その上反論しようとすると、すかさず唇を塞がれる。ああもう本当に悔しい。こうされたら抵抗できなくなることは誰よりもよく分かってるはずなのに。事実、私は唇を解放されても照れ臭くてなにも言い返せなかった。まったく記憶が戻ってからというもの無一郎はこうしてわざと意地悪な事をやってのけようとする。それも、時と場合を一切考えることなく。

「そっ…そろそろお稽古の時間ではないのですか?」
「さっき声がしたから、きっと皆もう始めてるよ」
「えっ!!」

こうしちゃいられないと大慌てで身体を引き剥がし、着物をせっせと整える。僅かに痛む首筋と、未だ気怠さの残る腹奥。その両方に手を押し当てながら、きっと見つめられているであろう背中へ意識を集中させる。果たして、こんなに心を乱したまま皆の世話なんて出来るんだろうか。襖を開き、待ち構えていた銀子に頭を突っつかれながらも、私は長い縁側を無我夢中で駆け抜けた。







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