ハニーデュークスを出た途端、待ち構えていたスリザリンの女子生徒数人に取り囲まれた。行く手を阻まれ、友人と思わず顔を見合わせる。見下すような視線に高飛車なポーズ。きっと用があるのは私の方だ。だって彼女らの何人かには嫌程見覚えがあったから。せっかくホグズミードへ来ているっていうのに、こんな場所でまでちょっかい出してくるなんて、その執念にちょっとだけ感心する。

「ちょっと来て」

リーダー格の女子がそう言った瞬間、うち二人が私の両腕を掴み上げて前へ進むよう促してきた。無理矢理腕を引かれ前のめりになる身体。煩わしさにキッと睨んでみせると、向こうも負けじと睨み返してくる。白い肌に赤色のリップ。きっと外出するからと気合を入れまくったんだろう。

「離してよ」
「うるさい。黙ってな」

視界の隅っこには涙目で立ち尽くす友人の姿がある。そりゃあ尻込みするのも無理はない、だって彼女らは人数で物を言わせにきているんだから。本当、卑怯で薄汚い奴ら。どこまで貶せば気が済むのだろう。彼女を心配させないよう目配せした私は、大丈夫だからと一回頷いてみせた後、半ば引き摺られるようにして離れた場所へと連行されていった。
 




ハニーデュークス前。ひとり取り残された私(※友達視点)は慌てて店に戻ると、あの二人の姿を懸命に探し回った。覚束無い足取り。焦るあまり棚にぶつかってバタービールを何本も割ったし、蛙チョコの箱を踏んじゃって中の蛙が飛び出てきたりもした。でも構っている余裕なんてない。自分がどうにかしないと、ななこが大変なことになる。

「マズいよ……いないんだけど……」

いつだって急に現れてはうちらの邪魔をするくせに、こんな時に限って煙のようにあっと姿を消してしまう。どういうつもりなんだ一体。わざとやっているのか。募る苛立ちに、柄にもなく舌打ちをぶちかましてみる。私の記憶が確かなら、さっきの女子連中は恐らく退学になった生徒の仲間達だ。これは仇討ちに違いない。場所を選ばない残忍さといい、あの兄弟に対する異常な執着心といい、下手したらななこを同じ目に遭わそうとしているのかもしれない。

「(あの二人に直接言えばいいじゃんか……)」

シメたのは誰だ。事の発端は誰だ。いくら敵わないからって責任転嫁も甚だしい。一度や二度じゃない、これまでだって似たような出来事が何回もあった。例えばとある日の午後の授業前、ラン君がいきなりななこの方に近付いてきたかと思ったら、どうやら今日が誕生日だってことを憶えていたらしい。ななこのペットの猫をケーキに変えちゃってこっ酷く叱られていた。(まぁ、ちょっとは嬉しそうだったけど)。で、その向こう側には泣いているスリザリン生が一人。聞けば、誕生日がたまたま同じ日だったらしい。祝ってもらえなかったと陰でめちゃくちゃ嫉妬していた。知らないよねそんなの。結局、我慢できなくなったその女子生徒がななこのテキストを一冊残らず燃やし尽くしてしまった。

「(ひどい話だよね。その上周りまで捲き込んじゃってさ)」

滅多に来られないホグズミード。せっかく楽しみにしていたのに、いきなり連れを奪われ独りぼっちにさせられる。こんなの虚しい以外の何物でもない。ていうか、彼奴らは本当にどこをほっつき歩いているんだろう。こっそりかくれんぼでもしているんだろうか。

「(ここじゃなかったらどこだろう……? あの二人ならグラドラグス? それともパブ?) ……いや、」

違う違う。そういえば、一番いそうな場所を忘れてしまっていた。何でもっと早く思い付かなかったんだろう。そう、ゾンコの悪戯魔法道具専門店。あの店にならきっといる、だって生粋の悪戯っ子だから。そう思うと居ても立ってもいられず、私は弾かれたようにハニーデュークスを飛び出した。
粉雪が降り頻る町の中。雪で躓いたけれどすぐ起き上がり、人込みを掻き分け、写真撮影中の集団をなぎ倒したりもした。それでも頭の中はななこのことでいっぱい。だから、目当ての店で彼らの姿を見付けた時には、思わず涙を零してしまっていた。

「……ななこの連れ?」

ラン君の声がこんなにも身に沁みる日が来るなんて、想像すらしていなかった。





「どこまでいくつもり?」
「うるさい。まぁ、ここらへんでいっか」

そう言ったと思ったら突如腕を解放され、弾みで雪の上に倒れ込んでしまった。深く沈みゆく身体。頬が氷みたいに冷たいし、ずっと掴まれていたせいで二の腕がジンジンする。それにホグズミードから随分離れているようだけどここは一体どこなんだろう。これだけ雪が真新しいと、もしかしたら人が来るような場所じゃないのかもしれない。

「いつまで寝転んでんの? フザけてる?」

そういう訳じゃないけど。なんて言いながらも身体を覆し脅えるフリをして、彼女らをめいっぱい睨み上げてみせる。それにしても複数対一人とはかなり卑怯な奴らだ。寄ってたかってボコボコにでもするつもりなんだろうか。そうやって文句を言いたい気持ちをグッと抑えつつも、ひとまず「何の用?」と、そう訊ねてみた。言われなくても分かっているけどね。十中八九、あの兄弟絡みに違いない。と思ったらうち一人が私を跨ぎ上げ、後ろを見るようおもむろに顎差ししてきた。促されるままそっと振り向くと、丘の向こうに立っていたのはあまりにも不気味なあのボロ屋敷。

「あれ。あそこにアンタを閉じ込めようと思って」
「あれは……」
「知らないの? 叫びの屋敷」

すると直後、まるで返事をするかのように屋敷全体が轟音を放った。ぞわっと粟立つ肌。知らないわけがない。めちゃくちゃ有名なんだから。唸り声や叫び声が聞こえるっていう建造物、先生が絶対に近付いちゃ駄目だって言っていたあの幽霊屋敷。そういえばホグズミードの外れにあったんだっけ。来る気なんてサラサラ無かったから記憶から消されかけていた。というか何でそんな屋敷に閉じ込められなくちゃならないんだ。たまらずそう零したら、あろう事かその女子生徒がいきなり胸倉を掴み上げてきた。

「ちょ、ちょっと……!」
「仲間が退学になったのはアンタのせい。分かってる?」

しかもいきなりそんな事を言うもんだから思わず素っ頓狂な声を出してしまった。私のせいだって? どう考えたって私のせいじゃない。そう思っても首が圧迫されていてまともに声を発せられない。そっちこそ、誰が誰に箒で追突したのかちゃんと分かっているんだろうか。骨折だってつい最近完治したばっかりだし、危うくホグズミードへも来られなくなるところだったんだから。こっちは正真正銘被害者なんだ。彼女の手に指を掛け、死に物狂いで抉じ開けようとする。

「ゴホッ……じ、自業自得でしょ? 私のせいにしないで!」
「違う! 元はといえばアンタがラン君達を独り占めしてるのが悪いんだから」
「独り占め? そんなのしてない」
「しらばっくれないで! 皆超迷惑してんの」
「め、迷惑?」
「だって、グリフィンドールの奴に周りをうろつかれちゃ、ラン君達の血が穢れちゃうでしょ?」

何なんだ、この人。血が穢れるって? まるで正論を言ってやったような顔。その憎たらしい目付きに腸がフツフツと煮え繰り返る。しかもなかなか言い返さない私に何を思ったか、彼女は胸倉をより強く引っ張り上げると、またとんでもない暴言を口にした。

「母親がマグル出身のくせに偉そうに」

ああ、もう駄目だ。この人達とは住む世界も倫理も何もかもが違う。土俵が違うのなら何を言っても無駄。闘気を削がれた上、何だか身体にも力が入らない。意見が通じないのなら拳で一発ぶん殴ってやりたいと思ったけど、何をやろうとしても彼女の言葉が上書きされて思うように身体が動かない。きっと、純血が偉いとか思っているんだろうな。魔法族の父親もマグル出身の母親も、どちらも好きで心の底から愛している。それを見ず知らずの奴にこうも簡単に侮辱されるとは。

「……」

こんな奴らの前でなんか絶対に泣きたくない。それでも、胸の内から込み上げる悔しさにどんどん目頭が熱くなっていく。目の前で得意げな顔をする生徒とその背後で笑い転げる仲間。下衆な彼女らの思う壺にはなりたくないけれど、家族のことを言われちゃ今度こそ黙ってなんかいられない。力では敵わない代わり、軽蔑の意を込めて奴らを精一杯睨み上げてやる。笑われようが馬鹿にされようがもう知ったこっちゃない。

「なんか堪えてるっぽい」
「めっちゃウケるんだけど」
「何その目。喧嘩売ってるの?」
「ねぇ、殴っちゃえば?」

周りの声に煽られ、口元を緩ませる目の前の女子生徒。その悪そうな顔ったら、せっかくの厚化粧が台無しだ。そんな彼女は私の胸倉を改めて掴み直すと、もう片方の拳をめいっぱい上へと振り上げた。反射的に目をぎゅっと瞑る。あぁ、このままタコ殴りにされて叫びの屋敷に放り込まれるのか。そう悟ってしまったら最後、何だか全てが虚しく思えてきた。寒いだろうなぁ、夜は。冷凍庫みたいに冷えるだろうし、きっと鼠みたいに凍え死ぬんだろうな。友達もほったらかして最低な奴だし、どうやらランの血まで穢しちゃっているようだし。もう殴るならさっさと殴って欲しい、さっきからずっと待っているんだけど。

――もしかして躊躇してる?
そう思い試しに薄っすら目を開いてみたら、なんと、彼女の身体がみるみるうちに膨らみ始めたので思わずヒッと声を漏らした。「何なの?」「どうなってるの?」と悲鳴を上げる仲間達。しかもその身体はふんわりと宙へ浮き始め、止める間もなく空へと舞い上がっていく。

「何これ! ねぇ、ちょっと誰か……!」

まるで風船みたいに真ん丸い身体。首についていたネックレスはあっと言う間に引き千切れ、私の頭上へと雨の如く散乱した。辺りには甲高い声が木霊する。そうやって風に煽られ何度か地面にバウンドした彼女は、ゆっくりとしたスピードで雪空を旋回し始めた。「医務室の次は叫びの屋敷か?」その声に振り返ると、彼女らの背後にはランがいる。

「どんだけコイツを閉じ込めりゃ気が済むんだテメェらはよ」

その手には杖。皆驚いて離れていくものの、後方ではリンドウがポキポキと指を鳴らしている。どうやら二人共、間一髪助けに来てくれたらしい。私の方を見るなり顔を見合わせている。そんな彼らの姿を見てしまうと何だか急に恥ずかしくなって、私は慌てて身体を起こし服に付いた雪を払った。何ともないフリなんかして。「別に頼んでない」そう口走りそうになったけど、さすがにグッと堪え抜いた。今は、強がりなんて言える状況でも立場でもない。

「まーたいいトコ取りだよ、兄ちゃんは」
「そう僻むなよ。コイツらの後始末は任せてやっから」
「しゃーねェなぁ」

そんな遣り取りを耳にしつつも、いつの間にか目の前までやってきていたランの姿を黙って見上げる。頭に乗ったネックレスの破片を払い落とされ、ついでにワシャワシャと髪を撫で回される。まるで犬みたいに。でも雪で髪が湿っているからか、心なしか感触が重い。

「まったく油断も隙もねぇなァ」
「……スリザリン、減点されちゃうかもよ。いいの?」
「知るか。ンなことより、オトモダチに感謝しろよ」
「友達?」
「オマエが危ねぇって言いに来たぜ。泣きながらな」
「……そっか」

鼻の奥がツンとする。顎の下もなんだかムズムズして、このままじゃ泣いてしまうかもと思った。ランの前で泣いたことなんかない、寧ろ泣き顔なんて一生見せたくもない。だから必死になって我慢しようとしたけど、ランが止めに余計なことを言ってくるもんだから私の涙腺は一瞬で緩み切ってしまった。

「まー何言われたか知らねぇが、アイツらの言う事は真に受けんじゃねぇぞ」

何でそんなこと言うの。ガラじゃないのに。貶すくらいがちょうどいいんだよランは。控え目に頷きながらもそうやんわりと睨んでみせたら、「コワい顔すんな」と頭を強めにひっ叩かれた。こうなったらせめてもの意地にと、声も出さずに静かに泣く。でもランが指で涙をそっと拭ってきたせいで、結局泣き声まで晒す羽目になってしまった。もう最悪だ。こんな姿見せたくなかったのに。今日はなんてツイてない日なんだろう。リンチされかけるわ、両親は蔑まれるわ、弱っている姿を見られてしまうわ。おまけに後ろじゃ彼女らとリンドウがギャーギャー鬼ごっこしているし、叫びの屋敷の真上では風船女がこれまた大声で叫びまくっている。もう煩いったらありゃしない。何に対して泣いているのかもよく分からなくなってくる。その上、ランの慰め方の下手さ加減といったら救いようがない。

「そういや知ってるか? 暴れ柳の下にある通路があの屋敷に通じてんの」
「何急に……。知らないよそんなの」
「こないださ、潜ろうかっつッて近付いたらあの木にぶん殴られた」
「当たり前でしょ? 馬鹿じゃないの」
「んで次の日は速攻フィルチにバレた」
「……だからこの前閉め出されてたの?」
「そ」
「懲りないよね二人共。本当、信じられない」


でも、思ったよりも慰められていたらしい。気付いたら、自然と笑ってしまっていた。
 




少し離れた所からはまだ風船の叫び声が聞こえるし、リンドウも散り惑う彼女らをなかなか捕まえられないらしく、雪の上をただひたすら走り回っている。遊んでいるんじゃないんだからさっさと捕まっちゃえばいいのに。豚の尻尾でもネズミの耳でも何でも付けられちゃえばいい。なんてことをぼんやり考える一方で私は、冷静に彼らを見つめるランの表情をちゃっかりと盗み見ていた。

「アイツら何やってんだよ」
「……」

軽く頷いてみたものの、何だかものすごく居た堪れない。これまで散々ちょっかいを出されてきたし、二人きりなんてよくあることなのに、どうしてこんなにもじれったく感じてしまうのだろう。助けられて安心したから? それともガラにも無いことを言われたから? もしかしたら両方かもしれないけれど、自分の考えていることがうまくまとめられなくてどうしようもなくソワソワする。しかもこんなに時限って、友達の言った言葉が頭の中に鮮明に蘇ってきたり。

――ななこって本当に二人と仲良いよね。特にラン君と。
「(これって仲良いって言うの?)」

叩かれたり肘置きにされたり罠に引っ掛けられたり。思い出すだけでもうんざりするものばかりなのに、友達の言った通り、それをやる相手は決まって私ただ一人だけだった。言われてみればそう、誕生日だってさり気なく祝ってくれていたし、髪形を変えても真っ先にツッコんでくれたのはランだった。前から気にはなっていたんだけど、何でそんな執拗に関わろうとしてくるんだろう。私の視界にはいつだってランがいる。知った仲だから? それとも私が過剰に意識しちゃってるだけ? どうせなら今聞いてしまおうか。いや、やっぱりマズいか。――なんて思っていたらいつの間にか見入ってしまっていたらしい。気付いた時には、ランがこっちを見ていたから吃驚して固まった。

「何見てんだコラ」
「ご、ごめん……」

居ても立っても居られずその場にしゃがみ込む。するとランも釣られてしゃがみ込んでくるもんだからもうあからさまに動揺した。いつもみたいに顔を覗き込んで、無理矢理目まで合わせようとしてくる。こんな時にまで何なんだ。まさか焦った顔を見て面白がってるとか。

「何で座んだよ」
「……何となく」
「何となく? テキトーに答えてんじゃねぇよ」
「適当じゃない。適当なのはそっちでしょ」
「俺がいつテキトーだったッつーんだよ。あァ? 言ってみろ」
「たくさんありすぎて言えない。ていうか今まで本当のこと言った例ある? ないでしょ」

そう言ったら、ちょっとだけ睨まれた。

「そういうオマエはあンのかよ」
「あるに決まってる。私はランと違って嘘なんか付かないから」
「……あっそ」
「……何よ」
「じゃあ今言ってやっからシッカリ覚えとけ」
「何を?」
「ほんとの事。っつーより言いてーこと」

「は? 何それ」って笑ってみせたけど、ランの方は一ミリもフザけている様子はみられない。少し前までのお茶らけた雰囲気は消え失せ、顔を背けようとした私の顎を掴んでは真正面から目を合わせてくる。相変わらず気障な奴。言いたいこと? 何なの、改まっちゃって。もしやこの借りはキッチリ返せとか? それとも時間を奪われた文句とか。
―――なんて、考えていた私はきっと大馬鹿者に違いない。


「俺、オマエのこと好きなんだけど」
 

一瞬、誰に言ったのかと思った。でもランの目の中には今ちゃんと自分の姿が映っている。それも、口を半開きにしためちゃくちゃ間抜けな姿が。だってまさかそんなことを言われるなんて想像すらしていなかったから。

「……嘘でしょ」
「ほんと」

吃驚しすぎて心臓は縮固まっちゃうし、目を閉じられないから雪はどんどん入ってきてる。その上小さい頃から今日までの色んな出来事が脳裏に浮かんでは、その一つ一つにランの「好き」が後付されて、色濃く鮮やかに上書きされていく。どうしよう、なんて言おう。どう返せばいいんだ。段々と頭の中がこんがらがってくる。そうして何も言えないまま時間だけが過ぎ去り、結局リンドウがこっちへやってくるまでずっと、私は硬直したまま何にも喋ることが出来なかった。





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