「グリフィンドールの奴が箒から落とされて大怪我したってよ!」
「スリザリンの誰かが故意に追突したらしいぜ」

スリザリンの談話室。入ってきた生徒が興奮気味にそう叫ぶ。どうやらタイムリーな情報らしく、そこにいた全員が一斉に彼の方を見た。敵対するグリフィンドール生の受難。興味がないわけが無い。どこで?いつ?皆が浮足立ってあれやこれや聴取する中、ランとリンドウの二人だけはソファから一切動こうとしない。

「くだらねぇ」
「やることが子供じみてンだよ。ださ」

ランは気怠げに伸びをし、リンドウもそれにつられおっきな欠伸をブチかます。やるならもっと派手にやれ、聞いてるのすら馬鹿らしい。だがそう思い揃って重い腰を浮かした矢先の事だった、界隈からの聞き捨てならない言葉に思わず動きが停止する。

「女子の飛行訓練中だって」
「両手骨折だってさ、怖ー」
「突き落とされたのって?」
「確か、生徒は……」

気付けばリンドウはソイツの背中を蹴り倒していた。ウッと声を漏らし床に突っ伏す男子生徒。ランはその背中を片足で踏み付けると、ポケットに手を入れたままグッと体重を掛けていく。

「お、おい! 止めろよラン!」
「それ誰情報? デマなら容赦しねぇけど」

起き上がろうと躍起な姿を真顔で見下ろす二人。そのただならぬ気迫に生唾を呑んだ生徒は、肩で呼吸しながらも必死に弁解をし始めた。コイツらに逆らったらタダじゃ済まされないと、十分すぎるほどに心得ているから。

「ほ、本当だって! 医務室に運ばれてくとこは見たんだよ」
「だから何でそれがななこだって分かんだよ」
「二人も知ってんだろ? お前らのシンパの女子連中が、グリフィンドールのななしのって奴に最近ちょっかい出してるって事! だからソイツだって思って……」
「はァ? 何だよそれ」
「知らなかったのか? 教えるから……早くその足退けろって!」





包帯でぐるぐる巻きにされた両腕。外は晴れて飛行日和だっていうのにベッドから動けない私は、募る苛立ちを溜息と共にめいっぱい外へ吐き出した。がらんどうな医務室。響いているのは、私とマダム・ポンフリーの甲高い話声だけ。

「なんて顔をしているんです? 骨折はすぐに治りますから心配いりませんよ?」

そう言いながら先生は半ば強引に薬液を私の口へと流し込む。手が使えないから仕方無いとはいえ、これはいくら何でもあんまりな仕打ちだ。先生にとってはこんな光景日常茶飯事なんだろうけど、私にとっては一大事なんだからもう少し優しく扱って欲しい。

「ゲホッ…! ゲホ……ぅぅ…」

それなのに咳き込む私を見た先生は大袈裟に肩を竦めてみせた後、あっさりと医務室から出て行ってしまった。突如襲い来る静けさと虚しさ。テーブルに水を置いていってくれたのはありがたいんだけれど、私はこれを自ら手に取って口に運ぶことすら出来ないんだ。そんな歯痒さにどうしようもなくイライラしてしまい、たまらなくなった私は思わず天井に向かって大きな溜息を吐き出した。
そもそも何故こんな目に遭っているかというと、飛行訓練中にスリザリンの女子生徒が私目掛けて突っ込んできたからだ。衝突された後のことはよく憶えていない。とにかく受け身を取るのに必死だったから。ただ友達が言うには、私が地上へ落下した後、その生徒は顔を真っ赤にしながらこう叫んでいたらしい。「アンタが悪いのよ!」と。

「私が悪い? 何かした?」

何かされているのは私の方だというのに。その生徒は以前、ランとリンドウを取り巻いていた女子達の中に居たのを憶えていたから大方そっち絡みの恨みに違いないと踏んでいる。でも、もしそれが理由だとしたら私に追突するのはとんだお門違い。文句があるなら直接本人達に言えと。だってあの兄弟がいつも私にちょっかいを出してくるんだから。

「……あぁ、考えるのも疲れる」

腕の痛みは勿論のこと、頭も何だかズキズキして止まない。気を紛らわそうと窓の外へ目を遣っても、浮かぶのは突き落とした生徒の怒り狂った顔ばかり。何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう。手は使えなくなるわ、授業は置いていかれるわ。重要な期末テストも近づいてきているというのに。もう、こうなったら考えるのを一度止した方がいいのかもしれない。今は何を思っても無駄だし、解決の糸口も見付からない。苛立ちを募らせてばかりじゃ、治るものも治らなくなる。

「(……とりあえず身体を休めよう。治さないと何も始まらない)」

ゆっくりと深呼吸をして、ベッドに身体を沈ませていく。フカフカで暖かい布団。天日干しされたのか、はたまた先生が魔法を使って綺麗に仕上げたのか。そうやって色々考え込んでいるうちに、いつの間にか眠りに就いてしまっていたらしい。次に瞼を開いた時には、既に外は薄暗くなっていた。





ベッドテーブルに置かれた冷め切った夕食。きっとぐっすり寝ていたからマダム・ポンフリーが置いていってくれたんだろう。――というのは別にどうでも良くて。 私の視線は今、その横に置かれた糖蜜パイただ一点に集中していた。自分の一番の大好物。毎日だって食べられる絶品料理。それがなぜ今私の目の前に。身を寄せて鼻を何回か啜ると、ほんのり甘い香りがして思わず頬が緩む。

「誰だろう。置いていったの」

眠っている間に友達が見舞いに来てくれたんだろうか。いや、友達だったらきっと声を掛けていくはずだし、そもそもそんな気の利く友達なんて一人もいない。じゃあ一体誰が。糖蜜パイが好物だと知っている仲間はごく僅かしかいない。――まぁいいか、ここに置いてあるということはきっと私の為に用意されたもの。優しい親切な人もいたもんだなぁ、なんて思いながら早々その器を手に取ろうとした。その瞬間、両腕に鋭い痛みが走りビクッと身体が揺れた。

「痛ッたぁ………!」

医務室に響く叫び声。寝起きで記憶が曖昧なせいで、自分が怪我人だということをすっかり忘れてしまっていた。腕を庇いながら背を丸め、激しい痛みに顔を歪ませる。膝を曲げた反動でカボチャジュースが零れたけどそんなことはどうだっていい。だがそうやって苦悶するうちに何となくだけど、見舞いに来た人物に見当が付いてしまった。きっと、というか絶対にあの兄弟だ。

「(あいつら、私が手使えないのを知っててワザと持ってきたんじゃ……)」

二人らしいといえばそうだけど、怪我人に対して思いやりも無ければ容赦も無い。こんな時すら優しくしてくれないなんてどれだけ酷い奴らなんだ。きっと私が起きていたら目の前に置いたまま去っていくつもりだったんだろう。あいつらならきっとやる。だって意地悪だから。やり場の無い悔しさと糖蜜パイを食べられない辛さがムクムクと膨れ上がってくる。でも、「いいよ別に。糖蜜パイなんていらないから。」そうやって気を紛らわそうとしたものの、甘い香りが漂ってくるせいで視線が自然とそちらを向く。――ああ駄目だ、やっぱり我慢出来そうにない。結局早々欲に負けてしまった私は、悔しさを押し殺しながらも、部屋に響く程大きな声で先生の名を叫んでいた。





マダム・ポンフリーが言った通り、骨折は思いの外早く良くなっていった。きっと、あの死ぬ程苦い薬を毎日飲まされていたおかげに違いない。ただ本調子に戻ったわけではなく、未だ安静が絶対条件な上、医務室からの外出も重要な用がない限り禁止。かと言って寝てばかりも辛いし授業も取り残されていく一方なので、必死に頼み込んだ結果、完治するまでの間特別に図書館への往来を許可された。久々の外出。人の手を借りながら山のように本を積み重ね、外を見渡せる窓際のテーブル席へそっと腰を下ろす。杖を握って振れるほどの力さえもまだ戻っていないけれど、それでも震える手でページを捲りながら、誰にも邪魔されないゆったりとした時間を過ごしていた。――そんな時。

「よぉ、もう調子いいの?」

突然かけられた声に驚いて振り向くと、ランとリンドウが揃ってこちらにやってきていた。相変わらずの悪目立ち。ここまで図書館が似合わない奴らがいたんだと微笑しながらも、目の前の二人をジッと見上げる。

「だいぶ良いよ。杖はまだ振れないけどね。差し入れありがとう」

それを聞いたリンドウは隣の席に腰を下ろし、ランは壁に寄りかかって腕組みをした。なにやら真剣な面持ちの彼ら。そのまましばし沈黙が流れると、私は黙って本を閉じた。

「あー……こないだのウチの奴の暴走、巻き込んで悪かったな」
「あ、やっぱり二人絡みなんだ?」
「んーまぁ、そんな感じ」
「ふーん……」

別に驚きはしない。そうじゃないかとは思っていたから。昔っから、この二人に関わるとろくなことが起きないんだ。ホグワーツに入る前は彼らと家が近いからって理由で仲間外れにされたこともあったし、嫌がらせで家の中に大量の手紙を送られたりもした。動物園へ行ったときなんて、こっそりガラスを消されて毒ガエルまみれにされたんだから。ただどれだけ痛い目に遭っても、この二人はそんなこと知らない。知ろうともしていない。だから悔しくて悲しくて、それから私は彼らに対し強がった態度をみせるようになったんだ。――今だってそう。現に私が両腕を骨折しても彼らはひと言謝って終わりだし、暢気に欠伸をかますリンドウは、目の前のテキストを一冊手にとっては、興味がなさそうにテーブルへと投げ置いていく。きっとガリ勉野郎とでも思ってるんだろう。そう思うと無性に腹が立った。一体誰のせいでこうなっていると思っているんだと。図書館なんて、籠りたくて籠っているわけじゃないのに。
 なんて、内心不貞腐れながらも「そういえば衝突してきた子、あの後どうなったのかなぁ」とぼんやり呟いてみせたら、どうやら心底驚いたらしい。今度がランの方が身を乗り出してきた。

「聞いてねぇのかよ? 退学だ、退学ー」
「たっ……退学?」

思わず驚愕し言葉を失う。その反応にさも愉快といった表情のランとリンドウは、ゲラゲラと笑いながら「何驚いてんだよ」と口を揃えた。

「だってよ、自分を怪我させた奴の処分なんか重けりゃ重い方がいいだろ?」
「まぁ……、故意だから重めにはなるだろうなとは思ってたけど……退学かぁ」

医務室に籠っている間にそんな事態になっていたとは。一方的に怪我をさせられたとはいえ退学となると気が重いし、僅かだが責任も感じる。ホグワーツを退学になればそう簡単には元に戻れないし、運良く戻れたとしてもまた一から出直しか、あるいはハグリッドみたいに森の番人か。どちらにしても憐れだし、女の子にとっては惨めすぎる。――って、私がこんなにも心配しているというのに彼らはというと未だゲラゲラ笑いながら顔を見合わせている。仮にもこうなった原因の二人なんだから、もっと慎ましく神妙にしていたらどうなんだ。しかしそうやって罵倒しようとした矢先のこと、ランとリンドウの口から、とんでもない台詞を聞く羽目になる。

「悪い奴には処罰が必要だろ? なぁ、リンドウ」
「ホント、思い出すだけでも笑えるよなぁアイツの汚ねェ泣きっ面。豚の尻尾もスゲー似合ってたし」
「……ぶ、豚の……尻尾?」

その瞬間、私は、彼らが彼女に対して何かしでかしたのだと悟った。ランとリンドウを交互に見ると、これまた今までにない程楽しそうな表情をしている。まぁ、そういう道理に関しては意外とキッチリしてる二人のことだから、きっと何か落とし前を付けたんだろうなとは想像出来るけれど。仮にも年頃の女子に対して尻尾を付けるって、やることがあまりにも酷薄すぎる。しかも選りにもよって豚とか。城の外では魔法は使えないんだし、もしも一生生えたままだったらどうするつもりなんだろう。最悪の場合、お嫁に行けなくなっちゃうかもしれない。

「駄目だよそんなことしたら……」
「何で?」
「何でって……」

本気なのか冗談なのか、涼しい顔で見下ろしてくるラン。そんな目で見られたら、まるでこっちが白けたことを言っているみたいに思えてきてしまう。リンドウもリンドウであっけらかんとしているし、何だかもう嬉しいのか悲しいのか切ないのか、自分の感情が分からなくなってきた。

「まぁいいじゃん。スッキリしたろ?」

しかも二人はそう言い残すや否や、さっさと図書館を出て行ってしまう。言い逃げしていくなんて狡い。私の方はまだ、モヤモヤした気持ちが晴れていないっていうのに。だって、あのランとリンドウが私の代わりに仕返しをしてくれたんだよ? 信じられる? それがどういう風の吹き回しなのかは知らない、もしかしたら何か裏があるのかもしれないけれど。でも、いつものように去り際に頭をポン、と叩いてくるランに対し、私は今日ばっかりは文句を言う気分にはなれなかった。





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