八月に入った頃。

「お疲れ様です」
「うん」

手拭いを受け取った無一郎は鍛錬で汗びっしょりだけど、私だって人のことを言えたものじゃない。なあなあに家事をやっているだけなのにここまで汗だくなのは、きっと一日中照り付けているこのギラついた太陽のせい。着物すら鬱陶しくて襷がけでごまかしたら、無一郎も真似をして髪を高く結い始めた。

「暑い……、フラフラする」
「しんどいなら休んでたら? ななこは体力が無なんだから」
「無って……大丈夫です。それにまだ仕事がありますので」

そう言って手元の洗濯籠を持ち上げてみせると、無一郎は無言のまま庭での鍛錬を再開した。こんな陽射しの中自ら身体を動かすなんて私には到底真似出来っこない。ただでさえ何もしていなくても倒れてしまいそうだっていうのに……悔しいけど。

そもそもどうして無一郎がうちの屋敷で鍛錬をしているかというと、ここが彼の担当警備区域内にあるという理由からだ。今朝も任務を終えた後偶然ここを通りかかり、家に帰るのも面倒なので夜まで居座るつもりなんだとか。まぁ通りかかったといってもこの屋敷は警備区域のうんと端の方にあるから、立ち寄るくらいならいっそ時透邸へまっすぐ帰った方が断然に早い。ただそれを言ったら無一郎が不機嫌になるのでいつも黙っているのだけれど。いいのかなぁ、柱がそんな自由にしていても。きっと時透邸でも世話役の人がご飯とか色々支度して待っていてくれているだろうに、もう申し訳ないったらありゃしない。

「今夜もすぐ発たれるのですか?」
「うん。日が暮れる前に」

――あと、困りごとがもう一つだけ。
時々、本当に時々なのだけれど、意地悪で理不尽な申付けをしてくるのにはちょっとだけ困っていたりもする。どうしてかは私には分からない。ただ、それは決まって別の宿泊者がいる時にだけ発動するみたいで。

「じゃあ私、他の人たちにも手拭いを渡してきます。確か反対側の庭で鍛錬されていたはずだから」
「奴らのことなんか放っておきなよ」
「……え?」

こうやっていざ私が他の隊士の面倒を看ようとすると無一郎はあからさまに不機嫌になる。だからって怒られたり説教されたりすることはないのだけれど、なんていうか、攻撃の矛先が私なのか相手なのかがいまいち分からなくてどうしていいのか迷ってしまう。そういえばこの間だって、鍛錬中に倒れた人がいたので介抱しようと駆け寄ったら――


「大丈夫ですか?」
「す、すみません……」
「! 身体が熱い。もしかして熱疲労かも。何か欲しいものはありますか? お水とか、食べ物とか」
「あっ、ありがとうございます。それじゃあ貰っ」
「この程度でヘコたれているなんて、君、鬼殺隊員に向いていないんじゃない?」
「!」

部屋にいたと思っていたらいつの間にかすぐ傍にいて、ものすごく冷めた目でその人のことを見下ろしていた。なんか様子が変だ。そう思ったのも束の間、無一郎の右手は既に日輪刀の柄を握り締めている。周囲には霧みたいな冷気が漂い始めているし、このままだと勢いで斬ってしまうんじゃないかと思うくらい鋭い殺気に満ち溢れている。

「それとも鍛錬をさぼって寝ていたのかな。何なら僕が相手してやろうか」

それを聞き隊士は悲鳴を上げて逃げていく。結局無一郎は彼らが居なくなるまでその場を離れようとせず、ずっとずっと無言の圧力をかけ続けていた。おまけに横では便乗した銀子が永遠文句を言っているし、挟まれた私はただ黙って見ていることしか出来ず泣きそうになっていたのだ。


「でもせめてお水くらいは用意してあげないと。あの時みたいに倒れられても困りますからね」
「過保護だなぁななこは。その程度の体力しか付けていない彼奴らが悪いんだよ」
「それはそうかもしれないですけど……。倒れたら倒れたです。この屋敷に来られている以上は、しっかりと看病させていただきます」
「……そう。じゃあ好きにしたら」
「す、好きにしたらって」

そうなると決まって無言を貫く霞柱様。何を言っても素っ気なくて、まるで何歳も年下の男の子を相手しているみたいに取っ付きにくい態度をとる。かと思えば、いつの間にやらふらっと目の前に現れて何食わぬ顔で話しかけてくるし、この人って本当に意地悪な性格をしているなぁと常々思っている。





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