「時透君『今日の出来事』、何書いたらいいと思う?」
「そんなの自分で考えなよ」

なんて冷たいひと言だ。
相変わらずのストレートな物言いに若干不貞腐れながらも、黙々と黒板を消すその後ろ姿をまじまじと見つめる。今日は週初め。せっかく部活動が無くて早く帰られる日だっていうのにどうして日直になんか。他の皆はとっくの昔に帰っちゃったし、教室の中にはもう私達二人だけしか居残ってはいない。

「どうしよう……、なんにも思い付かない」
「適当に書いたら?」
「それが一番難しいの。何かいいネタないかな?」
「あるけど教えない」
「え? なんで?」
「教えたらジャンケンで勝った意味がなくなるから」
「それはそうだけど……」

でも実は全然苦じゃなかったりして。
二人だけの会話。二人だけの世界。日直は嫌だけどこの時間は嫌じゃない。だってこうして誰にも邪魔されず喋れたのはいつぶりか分からないから。席が隣だろうと関係ない。時透君の周りにはいつだって人がいるし、女子達の監視の目も常に光っている。二人きりで喋ろうものなら抜け駆けだと嫉まれる。そんな中巡ってきたシチュエーションなんだから嬉しく思わないわけがない。むしろたくさんお喋りしてたくさん笑い合って、二人きりの時間をめいっぱい堪能できたら。そう思い気合いを入れて臨んだはずだったのだけれど。

「(みんなこんなに書いて。偉いよなぁ……)」

何気なくパラパラ捲ると、そこにはびっしり埋められた文字が。どうやったらこれだけ思い付くのか、その差で一気に現実へと引き戻される。間もなくして時透君も前の席へとやってきたけれど、きっと私の手元を見て大きなショックを受けていると思う。だって日誌は未だ白紙状態をキープ、残念なことにまだ一文字たりとも書かれていないのだから。ふっと漏れた鼻息がそれを物語っている。頼むからそんな冷めた顔を向けないで欲しい。

「まだ帰られそうにないね」
「…ごめん」

だって何も浮かばないんだもん。ふがいない奴がペアで本当に申し訳ない。とはいえ泣き言言ってる場合でもないので、刻一刻と過ぎていく時間を無駄にしないよう無理矢理にでも記憶を掘り起こしていく。確か、 一限目は悲鳴嶼先生の公民、二限目は伊黒先生の化学、三限目は不死川先生の数学……やばい、思い出せば思い出すほど眠かった以外にエピソードがない。おまけに四限目なんて体育だったから疲れて記憶にすら残っていない。書くことがない上に思い出すことすらままならないなんて、自分のあまりの情けなさにつんとしたものが込み上げる。どうしよう、もしもこのままずーっと何も思い付かなかったら。待ちくたびれた挙げ句こっ酷く叱られちゃうのかな。いや、したたかな時透君のことだから、最悪の場合愛想尽かされて真っ暗な教室の中ひとりぽつんと置いていかれちゃうかも。そうなったらきっと永遠に立ち直れない、どうにかして早々この空白を埋める手立てを考え出さなければ。
なんて思っていたのに、時透君は追い打ちをかけるようにさらに残酷な一撃を食らわせようとする。

「これいつ撮ったの?」
「……え?」
「これ。兄さんじゃなくて僕だよね」

そう言ったかと思いきや、いきなり携帯のロック画を私の方へと向けてきた。兄さんじゃなくて僕? 何の話をしているんだろう。今有一郎君が出てくるようなこと喋っていなかったけどな。でもよくよく見てみると彼が持っているのは私の携帯で、スクリーン上に映っていたのは紛れもなく無一郎の横顔だった。あれ? 今何が起きている? あまりに唐突ですぐには呑み込めない。でも事の重大さがじわじわ分かり始めてきたその時、無意識に口から悲鳴みたいな声が出た。

「ゃっ…!」
「しかもぼやけてる」
「なんで勝手に見るの! だめ!」
「もう遅いよ」

最悪だ。うっかりしてた。こっそり隠し撮りした写真をこっそり設定していたんだった。よりにもよって本人に見られちゃうなんて今日はどれだけツイてないんだ。まあ堂々と机に置いていた私が悪いのだけれど、人の携帯を勝手に見ちゃう時透君も時透君だよね。ああどうしよう、好きなのバレちゃったら。何とかし て今の無かったことにしてくれないかなぁ。いや、この人ちょっぴり意地悪なところもあるし、もしかしたら明日以降これをネタに「パン買ってきて」とか「ノート録っといて」とかパシリに使われる可能性だってあるのかもしれない。

でも、それから時透君は夕陽を見たまま一切何も喋らなくなってしまった。あれ? 無言なんて珍しい。いつもの時透君なら「今すぐ変えて」とか「勝手に待ち受けにしないでくれる?」くらいストレートに言ってきてもおかしくないんだけどな。耳だってちょっぴり赤いし……まさか、照れちゃってるなんてことないよね。いや写真なんてきっと撮られ慣れているだろうから私が待ち受けにしてたくらいじゃ何とも思わないか。まぁどちらにせよ、こんな顔をしている時透君は生まれて初めて見たかもしれない。

「ねぇ、何ボーっとしてるの」
「え? あっ、ごめん……」
「さっさと書いてくれない? もう日が暮れそうなんだけど」
「うん。……ごめん」
「また謝ってる」

自分でも何言っているのか分からない。妙にそわそわしちゃうし、呂律だってちゃんと回らなくなるし。いっそのこと盛大に機嫌損ねてくれた方がましだったのかもしれない。だってあんなの見られちゃったらこの先一体何喋っていいか分からなくなるんだもん。

でも、そう思っていたのはどうやら自分だけじゃなかったらしい。珍しく「しょうがないなぁ」なんて呟いた時透君は、私の手からあっさりとペンを奪い取っていく。

「やっぱり僕が書くよ」
「えっ? い、いいの?」
「その代わり、この後クレープ奢ってもらうから」

そう言われて咄嗟に「えーっ?」と悲しむフリをする。でも内心はめちゃくちゃ動揺していたし叫びたい気持ちでいっぱいだった。だって、それってつまりもっと長い時間彼を独り占め出来るってことでしょ?自惚れだと嫌だからあえて何も聞かなかったけれど、もしかしたらもしかする展開に、緩みそうになる唇を堪えるだけでもう一杯いっぱいだった。





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