「だからっ、『こっちくんな』って言ってるの!」
「おうおう、威勢がいいねぇ」

「ははっ、鬼ごっこなんて何時振りだろうな?」なんて笑いながら追って来る黒尾に舌打ちをする。ほんと、何なんだこいつ。こっちは万年運動不足で息上がってるって言うのにあいつは息一つ乱してない。
いくら運動部だからってこれはない。というか帰宅部相手に遠慮なしってどういう事なの。情けすらかけてくれないのか。
くそっ、相手が研磨ならまだマシなのに。
ああ、でも研磨もそこそこ足速かったなー。いやでも、一回男バレが遊びかなんかでケイドロしてた時、もっと全体的にスピード速かった気がする。って事は、だ。黒尾、今現在手加減して走ってるって事だよね?
まじウゼー。
本気出せば私なんて一瞬で捕まえられるくせにわざと手を抜いて走ってるとかマジウザイ。

「どーした詩織ちゃん。大分息が上がってんぜ?」
「うっ、るさい・・・!っはぁ、分ってんなら、追ってくんじゃ、ねぇよっ!」
「そいつは聞けねぇ話だな。ついでに言うと口が悪すぎるぜ、詩織ちゃん」

にやにやと何考えてるのか分からない笑顔で私を追いかける黒尾に対し、「お前の所為だろうが!」と毒づきたいものの、さっきよりも息が上がってしまい話すだけの力がない。
それでも必死に走っていれば、とうとう体力の限界に到達したのだろう。足が縺れて転びそうになった。
あー・・・この勢いのまま転べばすっごく痛いんだろうな。それもこれもこいつの所為だ。なんて投げやりになっていれば、地面に倒れる前にぐっと腕を引っ張られた。

「っと、危ねーな。慣れない事はするもんじゃいってのを知らねぇの?」
「離せっ!」
「だからそれは聞けない話だって言ってんだろ?つかおい、助けてやったお礼はなしかよ」
「元々あんたが追っかけてこなければこんな事にはならなかったの!」

キッと睨み付ければ黒尾は「おお、怖っ」なんて笑う。
ふざけんな!と思い全力で掴まれている腕を振り払おうとすれば、その腕を逆に引っ張られ黒尾の胸に頭を預ける体勢になった。おまけに私の背中に黒尾の腕が回り、力を籠めるもんだから私の力ではもうどうすることも出来なくなった。

「なぁ詩織、何時も俺のこと『あんたあんた』とか呼びやがって。いい加減名前で呼べよ」
「嫌だね。誰があんたの事なんか名前で呼ぶか」

大分息も整い、黒尾から離れようとダメ元で黒尾の胸を突っぱねようとすれば、背中に回されている腕の力が強くなり、本格的に息をするのが難しくなってきた。力加減ってものを知らないのだろうか。

「くっ、るしい、んだけど・・・」
「やめて欲しけりゃ名前で呼びな」
「・・・っ、断る!」

頑なに拒否し続ければ、顎に指をかけられ強制的に黒尾の方に顔を向けさせられる。背中を支えている腕は一本なのに、私がどんなに腕に力を籠めようとも黒尾の力には叶わなかった。これが、成長期を迎えている男女の差なのだろうか。
悔しさに涙が出そうだけれど、私の気持ちも知らないで顔を近づけてくる黒尾に苛立ちが募る。勿論、黒尾から離れられない自分にも。

せめてもの抵抗として、目を反らさず睨み付けていれば、唇がくっつく数センチ手間で黒尾が口を開いた。

「なぁ詩織。そこまでして俺の事を名前で呼びたくない理由は何だ」
「黒尾が嫌だから、って前から言ってるよね?」
「詩織」

顔を歪め辛そうな顔をする黒尾に、イライラする。なんで、あんたがそんな顔をするの。私が悪いみたいじゃない。ふざけないで。

「あんたの名前なんて、絶対に呼んでやらない」

だって、黒尾の瞳に映っているのは私じゃないでしょ。今、目の前にいるのは私なのに、私を通して誰かの面影を見てるんでしょ?私はそれを知っていてあんたの名前を呼んでやるほど、優しくもなければしおらしくもないの。求めているのは私じゃなくて、あんたがそんな風にみっともなく面影に縋ってしまうほど、いい女だったんでしょ?ねぇ、だから、黒尾の望みなんて叶えてやらないよ。
それが、私なりのやり方なの。

(それなのに煩くて仕方ないこの心臓を捻り潰したい)


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