ギーコーギーコーとペダルを漕ぐ音を聞きながら座っている荷台の後ろ側を掴む。二人乗りなんて、本当はしちゃダメなんだけれどね。
「ちゃんと捕まってないと落ちるよ?」と言う徹に「大丈夫ー」と答える。
中学に入ってから知り合って、かれこれ5年は経つのかーとしみじみ思ってしまう。
初めて会った時はそれ程高くなかった身長は成長期がきて以来、ぐんぐん伸びて今や私より30センチ程高くなった。
ちゅうする時凄い屈んでるもんね。あれは腰が痛そうだ、と思うのだけれど、そこがまたかっこいーのが困る。まぁ私も思いっきり背伸びしてますが。
男の子の成長って怖いなーとこういう時思う。
勿論変わったのは身長だけじゃなくて、声だって低くなったし、バレーのお陰かどうかは分からないけれど、とても逞しい身体になっている。
男の子と呼ぶには青臭さが抜け、代わりに精悍さ溢れる男性へと。
元々格好良かったのに高校3年間で更に磨きがかかったと思うのは私だけではあるまい。

中学の頃は煮詰まっているというか、追い詰められているというか。前には牛島、後ろには景山君という存在を目の当たりにして、このままいったら潰れてしまうんじゃないか?と思うほど痛々しさを滲ませていたけれど、何時からかぱたっとそれがなくなった。
恐らく、岩泉君辺りが喝をいれて、ガスを抜いたのだろう。ちょっとだけ、そのポジションが羨ましかったのを未だに覚えている。

高校に入ってからは良くも悪くも子供っぽさが抜け、明るい中に落ち着きを持つ優しい青年になった。そして私だけが知っていた側面が周りにも知られ始め、徹の評価が上がるのは嬉しい反面複雑だった。
『私だけ』なんて驕り以外の何ものでもないのだけれど、やっぱり自分だけが知っている徹も欲しい。まったく贅沢な悩みだ。

思い出したらむかっときたので徹の背中をぽかっと殴ってやった。
そうすれば徹は笑って「どうしたんの、詩織」と言うだけだ。
「ただの乙女心の暴走ですー」と言えばまた笑われる。

中学の終わり頃から付き合っているけれど、その頃から「只野さんに及川君は勿体無い」やらなにやら言われ、高校に入ったら入ったで「及川君は優しいから只野さんなんかと付き合ってるんだよ」と高校からの『及川徹』しかしらない子達にも言われたなーと思い出す。
その度に蹴散らしてきたわけなんだけども。そもそも、徹は善意から人と付き合える程器用じゃないんだっての。

そんな私を徹は「こんなに可愛くて格好いい女の子が彼女なんて俺は幸せ者だよねぇ」と笑っていた。
けれど同時に「でも、どんなに格好良くても詩織は女の子なんだから、危なそうなヤツだったら事前に必ず俺に言ってね」と諭してくれた。
負けず嫌い、というか自分の問題は可能な限り自分の手で解決したい私の意思をできる限り尊重してくれる徹が好きでたまらない。

「そういえば、留学の推薦合格おめでとう、詩織」
「ありがとう」
「まさか英語嫌いな詩織が留学するなんて思ってもみなかったよね」
「んー、英語嫌いだけど、英会話は嫌いじゃないからさ。この際思い切って留学してみようかと」
「英語の先生も『学校で3年間勉強するより3ヶ月留学しただけで大抵の会話は出来る様になる』って言ってしね」
「うん、それが決定打だったり。留学経験のあるバイト先の人も同じような事言ってたしね。あ、でも私的には徹が推薦蹴ったってのも意外だった」
「そう?」

自転車を漕いでるから徹の顔は見えないけど、楽しそうな顔をしているのが手に取るように分かる。
そう思える程度には同じ時間を過ごしてきた。

「徹が天才嫌いというか、気に食わないのは知ってたけど、まさか推薦蹴るとは思ってもみなかった。強豪だったんでしょ?推薦きた所」
「受けようか迷ったんだけどね。でもさぁなんかこう、最初っから強豪ってつまらなくない?まぁ俺が第一志望にしてる所も、そこそこ強い所なんだけど、そこからまた新しいチーム作っていくのもいいかなって。手持ちの武器で、どこまで戦えるのかをまたやりたいんだよね」
「徹らしいね。ああ、そう言えば岩泉君も同じ大学うけるんだっけ?」
「そうそう。無事にいけば、これで岩ちゃんとは小学校から大学までの付き合いになるわけ。んでさー詩織、その俺らしいって褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」

半笑いでそう答えれば、「絶対褒めてないだろ、それ」と声が返ってくるから、思わず声をあげて笑ってしまった。

「それよりお前さ、どの位向こうにいるの?最短は一年だよね?」
「んー更新したらマックス4年はいけるみたいなんだよね。だから最低4年は向こうにいるつもり」
「そっか」
「うん。だからこうやって徹と二人乗り出来るのも後僅か」
「マジか。それは寂しいな」

寂しいなとか言いつつ全然寂しそうじゃない徹。
まぁそれは私にも言える事だけど。

「全然寂しくなさそうじゃん。ひーどーいー、詩織ちゃん泣いちゃうー」
「何キャラだよお前」
「何だろうね?あ、でも徹が浮気しないか心配なのは本当」
「は?するわけないだろ」

なんて、言葉は強いのに、ちょっと焦ったように言う徹が面白くて笑えば、はぁっと溜息をつかれた。

「それを言うんなら俺のほうが心配なんだけどね」
「何で?」
「お前が向こうに行っている間、そこで会った誰かに取られたらどうしようって」
「あははっ徹以上のイケメンだったらトキメクかも」

冗談で言ったら「こら」と言って足を軽く蹴られた。

「そんな事言ってるとある事ない事職員室で叫んで推薦取り消させるからね」
「どうやって」
「青葉城西男バレの力使って」
「どんな力だよ」
「俺こう見えて担任やら校長やらに期待されてるみたいだからね。「お前がいないと俺は耐えられないんだ!」とか大げさに喚けば言えば案外いけるんじゃない?他に留学したいやついるみたいだし」
「ちょ、やてめ!折角学費免除枠とったのに!」
「じゃあいい子にしてなさい」
「うい」

まぁ実際進学なんて個人の自由だし、個人情報に厳しい現代においてそんな事できないのは勿論わかっているけれど、この私たちだけの時に交わされる、独特のテンポの進んでいく会話の感じがたまらない。
んーでも、このやり取りも私が留学したら暫くお預けか、そうなるとやっぱり少し寂しいな。

「でもさ、4年なんてあっちゅーまだよね」
「たかが4年、されど4年じゃない?」
「その4年はお互いの自分磨き期間って事で」

「向こうで女子力磨いて、帰ってくるときにはいい女になってるから、楽しみしといてよ」と言えば「俺も更にいい男になってるから、楽しみにしてて」と返された。

「因みに詩織。お前が帰ってきたらすぐ『及川徹の嫁』になるから花嫁修業もしといて」
「マジかー、帰ってきて速攻新妻とか・・・。頑張る事が増えちゃったじゃないか」
「勉強と自分磨きと花嫁修業。これをしてたら本当に4年なんてあっという間だね」
「徹もあれこれバレーの事やらなにやらやってたら4年なんてあっという間だよ」

そういって徹の腰に抱きつけば「うわっ!」っと驚いて一瞬だけ自転車が蛇行した。

「だからさ、本当に浮気しないでね。浮気してたら私、徹の指と膝粉砕するから」
「それは俺の台詞。もし詩織が浮気なんてしたらバレーボール持って岩ちゃん連れて大学まで乗り込むよ」

岩泉君連れて、ボールなんて持って大学にきて何するつもりだこいつ。よもやトスあげて岩泉君にスパイクでも決めさせる訳じゃあるまいな?と思いつつ「徹よりいい男がまずいないと思うよ」と言ったら「だったら詩織よりいい女を俺は知らないよ」なんて。
あーもー恥ずかしい。
熱くなる顔をぐりぐりと徹の背中に押し付ければ「詩織、痛い」と今日何度目になるか分からない笑い声。

何だかんだいって、お互いがお互いの事信じてるからね。
実際4年が長いか短いかなんて分からないけど、私たち2人だったら大丈夫だと思うんですよ。


これが若気の至りと言われてしまったらそれまでだし先の事は分からないけど、今素直にそう思える事が大切なんだと思う。


ーーーーーーーーーーーーー
前サイトのリメイク作品