がたん、ごとん、がたん、ごとん、心地よく揺れながら進む電車には、とても美しい人が乗ってくる。


その人をはじめて見たのは2ヶ月前だった。
委員会の仕事があって、何時もより3本早い電車に乗って何時ものように文庫本を読んでいた。
通勤ラッシュ前という事もあってか毎朝乗っているあの混み合いが嘘のようにがらんとしている。
私の他にはスーツを着た人と、どこかの高校の制服をきた2人の男子。確か、音駒だっただろうか?今の通う高校一本で受験をしたから、中学の時にあった高校見学には公立私立共に行っていない。だから本当に音駒なのかは定かではないけれど。

そういえば、当時の担任に「頼むから他にも見てくれ。見るだけでいいから」と言われ、渡された幾つかのパンフレットの中に音駒のも入っていた気がする。あそこは、勉学は勿論、部活動にも力を入れていると書かれていたような気がする。ちらりと見やりながらも興味が沸かなかったのでまた本に目を落とす。私が乗って二駅目の所で、その人はふわっと優しく、しかし鮮烈に周りを染め上げながらやってきた。

空気が変わる、その意味を私は初めて体験した。
先に乗っていた例の音駒生徒と同じ制服に身を包み、その生徒に「くろお」と呼ばれ、艶やかに笑いながら2人の方へと向かっていく。


彼は、とても逞しくて美しい人だった。


ただ端正な造りをした冷たい人形のようではなく、パーツの一つ一つが丁寧に配置され、そのどれもがとても愛情深く、丁寧に洗礼され造られているようだった。人の愛情が内側からも外側からもたっぷり込められた人とはまさしく彼の事だろう。
目が離せなくなる、まさにそれだった。
だからといってじっと見つめているのも失礼だし、何より彼のような人はそういうのを嫌うだろうとまた本に目を落とす。

それでも、未練がましく、気持ち悪い事と分かっていながらも耳だけは彼らの会話に集中させた。彼らの会話からあの3人は音駒のバレー部で、今から朝練だというのが分かった。
こんなに早い時間から練習とは音駒は本当に部活動に力を入れているようだ。
無粋にも彼らが降りるまで会話を盗み聞きし、居なくなったところで、ほう・・・と息をついた。
本の続きを、読む気にはなれなかった。
それから私は電車に乗る時間を今までより早くした。
早起きは苦手ではないし、早く学校に着き誰もいない教室で本を読んでいるのは以外にも落ち着き、楽しかった。
目的は勿論くろおくんなのだけれど、『くろお』くんと近づきたいわけでも話したいわけでもない。ただ、ほんの少し、長いようで短い高校生活の中で、微かでも彼のいる空間に一緒にいてみたかった。
こんなにも鮮烈に周りを染め上げる人に出会える機会など、長い人生の中でそうあることではない。

ただ、私はそう思っていても傍からみたらストーカーのようなものだろう。
恐らく私は、彼が最も嫌う人間の部類に含まれるはずだ。
例え彼が私の事をしらなくとも。
そう思いながら電車に乗れば、今日はどうやら彼は乗ってこないのだな、というのが分かった。
彼が乗る時は必ずと言って良いほど彼と同じ部活の人が乗っているのだ。
それが今日はいない。朝練が休みなのだろう。
いままでもこういった事は何度もあって、別段落ち込んだりはしない。
ただ、タイミングが合ったと時にくろおくんに会えればいいのだ。
ここ2ヶ月、私の定位置となりつつある場所に座り、イヤホンをつけ文庫本を読み始める。


がたん、ごとん、がたん、ごとん、心地よく揺れながら進む電車に、美しい人は乗ってこない。


ぷしゅーと音をたて、何時もなら彼が乗ってくる駅で、今日は誰も乗ってこない。
物語から目を離さず、らしくもない事を考えていたら、急に影が私を覆った。
不思議に思い視線をあげたら、何時もは向かい側で楽しそうに話している、今日は乗ってこないはずの彼が何時ものように私を鮮烈に染め上げるその姿で、私を見ていた。
そして、イヤホン越しからでも分かる程奇麗な声で「おはよう」とあの艶やかな微笑で私に笑いかけたのだ。


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