おっはよーと爽やかに挨拶しながら徹のいる教室に入る。朝練終わりなのだろう、徹の席には岩泉の姿も見えた。本当は二人の時に放したかったのだけれど、まぁ別にみられて困るものでもないか、とそのまま徹の席に向かう。

「おはよう」
「おはよう。珍しいね、詩織が朝から俺のクラスに来るなんて」
「まぁねー、ちょっとのっぴきらない事情があって?」

岩泉にも挨拶をして、鞄から朝下駄箱に入っていた手紙を取り出して徹に渡す。
不思議そうな顔をする徹に「開けてみ?」と言ってそのまま徹の隣の机に寄りかかる。かさり、と微かに音をたてながら封を開ける徹を横目に、岩泉と雑談していれば、読み終わったのだろう、徹が「なにこれ?」と声を出した。

「なにこれって、見ての通り果たし状なんじゃない?」
「いや、もしかしたら果たし状にカモフラージュしたラブレターかもしれない」

ワンチャンあるよ。と真顔で手紙を返してくる徹に笑いが出る。
呑気にそんな事を話していれば、徹の前の席を陣取っていた岩泉が「お前らなんでそんなに余裕なんだよ」とため息をついていた。

「だって、ねぇ?」
「ねぇ?で、俺はどうすれば言いわけ?いつも通りでいいの?」
「うん、いつも通り、10分経っても戻ってこなかったら迎えに来てください」
「了解。毎回思うけど、ほうれんそうって大事だよねぇ」
「大事だねー」

それじゃよろしくねーと手をひらひらとさせ、自分の教室へと向かった



またお昼にねーと普段と何も変わらない風な只野にまたねーと手を振り返す幼馴染に、はぁとため息がでる。こういう事がたまにあるのに、こいつらは何時もこんな感じで呑気でいるのが信じられない。心配だったりしないのだろうか。

「おいクソ川」
「え、なに、どうしたの岩ちゃん。突然の悪口に及川さんはびっくりだよ!」
「びっくりしてんのはこっちだバカ。あれっていつものだろ?」
「まぁ要約すれば『今日のお昼休みに一人で屋上に来てください』って呼び出しだし、いつものじゃない?どう見ても女の子の字だったしねー。名前も書いてなかったし」
「おま、それでいいのかよ?只野の事心配じゃねーの?」
「心配してるよ?してるから、約束の時間10分過ぎたら迎えにいくんじゃない」

相手方が何人でくるか分からないしね。と窓の外を見ながらいう及川は、やっぱり不安はあって、只野の事を大事に思っているのだろう。普段はあまり周りに見せることのない真面目な顔をしていた。その顔はすぐ笑顔に隠されてしまったが。

「それより岩ちゃんって本当に心配性だよね?この時期になるとよくある事なのに」

やっぱり俺らのお母ちゃんなの?ときょとんとする及川の頭をどついて、自分の教室に帰る。まぁ好きじゃなかったらお互いの性格上2年以上も付き合ってたりしねーわな、と一人ごちた。なんだかんだで、二人にはちゃんとした信頼関係があるのは、あいつらの事のそばにいた俺たちが良く分かっている。



わぁお。案の定果たし状だったじゃないですかーやだーどうしてくれるんですかぁ及川さぁん。
と冗談を思い浮かべながら、目の前でぎゃんぎゃん喚めいている女子3人をみつめる。上履きをみるに、今年入学した下級生だ。わざわざお疲れ様です。まぁ今までに比べれば、可愛いものだろう。ただ、喚いているだけなのだから。もうそろそろ10分過ぎたかなぁと考えていたら、ガチャ、と屋上に通じる扉が開いた音が聞こえた。かつかつと足音を立てながらこちらに近づいて来るのが分かる。音のする方向を見つめていれば、やぁと呑気な声と片手をあげながら話題の中心人物が登場した。
徹の姿を見た下級生たちはさぁっと血が引いたように、顔が蒼くなっていった。そして、キッと私を睨み付ける。まぁ攻撃対象は私でしょうね。間違っても、憧れであり、好きな相手である徹には牙は剥かないだろう。今回の場合、彼女の主張を聞く限り、行き過ぎた憧れが恋に発展したみたいなのだが、今までの見解と徹に対する評価は間違っている。
残念ながら、彼女の想像している及川徹は、実際の及川徹とかけ離れている。だってそうだろう。間違っても、及川徹は完璧な人間ではないのだ。
とは言いつつ、私も徹のすべてを理解しているわけではないし、これから先も理解できるとは思っていないけれど、理解する努力はやめたくない。まぁ今回の話にこんな個人的な話は関係ないんですけどね。
ぼーっとそんなことを考えていれば、3人のうち、私を呼び出したであろう子が、「只野先輩!」と声を荒げた。

「なんで及川先輩がいるんですか!一人で来てくださいってちゃんと書いたのに!」
「明らかにリンチまがいな事されるって分かってるのに、本当に一人で来るはずないでしょ。ましてや、今回の話題の中心は及川徹なんでしょ?だったら、本人に話すのが筋ってものだよ」

ねぇ?と徹の方を向いていえば、「そうだね」と頷いた後、笑顔で彼女たちの方を向いた。

「言いたいことがあるなら、俺に言えばいいよ。詩織は関係ないよね?」

その言葉を皮切りに、彼女たちはもう逃げられないと悟ったのだろう。今まで私に向けていた言葉を、徹に向けた。
自分は及川徹が好きだと。憧れている、と。その憧れの先輩が付き合っているのが、何のとりえもない、平凡である私であるのが納得いかない、と。釣り合わない、なんで振られたのが私なのかと。
ああ、なるほど、彼女はもうすでに一度、徹に振られていて、残りの2人は付き添いか。だから、こういった行動に出たのか。恋する女の子は、体当たりで、可愛くて、情熱的だ。こういったやり方じゃなかったら、私は彼女の事を好ましく思っていただろう。
目を瞑り、じっと彼女たちの声を聞いていた徹は、彼女たちが話し終るのを待っていた。そして、彼女たちの言い分が終わったら、「うん。君たちの言い分は分かった」と目を開けて声を出した。そして、一度自分が振った子の方をみる。

「前にも言ったけれど、俺は詩織の事が好きだから、付き合えない。ましてや、人の彼女をこんな風に呼び出して、多勢に無勢で責め立てるような事をする子とは、特に、ね」
「でもっ」
「でも、もだって、もないよ。俺は詩織が好きで、詩織も俺が好きだから付き合ってる。それだけなんだよ。周りは関係ないし、そのことに関して誰に文句を言われる筋合いはないんだ」

分かるよね?と彼女たちに微笑む徹に、言えることはもうないのだろう。呆然と立ち尽くす彼女たちを後に、私たちは屋上を後にした。
お昼を食べるべく、教室へと戻っているさなか、「もはや恒例となってきてるよね」と徹が苦笑いを含んだ声でそう言った。

「ね、去年のこの時期にはあったし、本当、私の彼氏はもってもてですね」
「ねー。我ながら凄いと思うよ」

ナルシストかよっと笑いながら徹の手を握る。人がいるとこで、そういったスキンシップを好まない私がとった行動に、少し驚いたような顔をした徹は、されど笑顔で握り返してくれた。

「きっちりと名乗りをあげて、一人で来たなら、あんなきつい事は言わなかったでしょう?」
「まぁね。けどまぁ何時も通り、味方を引き連れてきたんだから、しょうがない」

苦笑いを浮かべる徹を見上げながら、私は私たちがこういった約束をした日を思い出した。
何かを守るなら、自分の正しさを証明したいなら、他の誰かを傷つける事を受け入れる事も必要だ。
それを知っているから、きっと私たちは大丈夫、道を間違えたりはしないだろう。この先の事は分からないけれど、その時、隣に徹がいてくれたら、幸せだと思う。

「お昼どうする?」
「んー。今日のA定メンチカツらしいから、それ食べたいかな」
「んじゃこのまま食堂行こうか」

何食べようかなぁと考えながら、徹と食堂へ向かった。


――――――――――――――
気の置けない友人のような、でも、誰よりも恋しいあなたへ。