この街の一番高い所で私はいつも空を見上げている。
その姿はさながら天文学者のようで、しかしこの薄汚れた厚い雲が空を覆い隠しているこの街では満足に月さえ見ることは出来ない。
この世の何もかもを捨てる事が許された場所で、最初で最後の明確な意思を持ち捨てられる事を望んだ私は、ただこの世界が少しでも優しくあればと思うばかり。

姿かたちを変えられ、生きる事も死ぬ事も設定された私でも、それ位は許されてもいいはずだとある種の願いのようなものを抱きながら。



「やぁ少年。また来たの」
「あなたは何時もここにいるね」

呆れたような顔をしながら隣に座るこの少年が、最近の話し相手。
数ヶ月前、何時ものように空を見ていたら後ろから『何してるの?』と話しかけられたのが切欠だった。
後ろに誰かが居る事も、その誰かの視線が痛いほど背中に突き刺さっているのも分かっていたがよもや話しかけられるとは思わなんだ。
しかもそれがとっておきの美少年なら尚更だ。

服も顔も手も足もこの街の住人らしく薄汚れてはいるが、そんなものが気にならない程に整った顔立ちをしている。
黒曜石を填め込んだ様な大きな瞳に、同じ色をした髪。そして驚くほどに白い肌が合わされば場所さえ違えばどこぞの御曹司にも見える。
そんな彼が何を思いここに来るのかは分からないけれど、『ただ話したいから』とかそんな理由ではないと言うのは分かる。
そんな無欲な人間が生きていけるほど、この街は優しくない。それは、とても悲しい事なのかもしれないが。

「それで?今日は何しに来たの、少年よ」
「少年って名前じゃないんだけど」
「じゃあクロロ」

名前で呼べばクロロは一瞬驚いた顔をしたが、すぐ嬉しそうに目を細め笑った。
この子も大概大人のような笑い方をする。まだ6、7歳位だろうに。
でも、こうやって名前を呼ぶだけで嬉しそうにする所に子供らしさを感じて嬉しくなる。

それにこの子は頭が良いのだろう。『1を話せは10分かる』とまでは言わないけれど、大抵の事は理解してしまう。
とても知的な目をしているし、その瞳の奥では好奇心とは違う探求者が持ち合わせているだろう光がある。

「まぁ目的がコレって事ぐらいは想像つくけどね」

そう言って隣に飲み水と一緒に置いてあった一冊の本を手に取り見せてやれば、クロロの視線が本に注がれる。
まったく、現金な子である。

「この前渡した本の続編。といっても上中下の中なんだけどね。最終巻はまだないから手に入り次第あげるよ」

ほら、と言って手渡せば「ありがとう」と言って素直に受け取る。
初めに渡した時に無言で受け取ったので「貰ったなら『ありがとう』って一言いいなさい」と言ったら不思議そうな顔をしながらもちゃんと言ったので、やっぱり頭のいい子なのだろう。
もし、あの時素直に言わなかったら取り上げていたからね。

「その本、面白い?」
「面白いかどうかは別として、興味がある」
「興味、ねぇ…」
「花子は読んでないの?」

じゃあ何でこんな本持っているんだ、とでも言いたげなクロロの顔を見て、少し噴き出しながら「まさか、勿論読んでるさ。興味のない本には手を出さないよ」と言った。
ただ、この本はちょっと変わった哲学書なのだ。今までの常識を覆した考えで書かれていて、裁判の結果廃盤になったもの。
そんなものを、まだ年端もいかない子供が読んで面白いのかと思っていたのだが、まさか「興味がある」とかえてってくるとは思わなかった。

クスクスと笑っていれば、クロロが吃驚したような表情でこちらを見ていたので、思わず「何?今の会話でそんな吃驚するような事があった?」と聞けば、違う、と首を振って真剣な目をしたクロロが口を開いた。

「花子が、こんな本読むとは思わなかった」
「なにそれバカにしてんの?」
「………」
「無言は肯定と取るよ」

そう言えばバツの悪そうな顔をして私から目を逸らす。
それが可笑しくて、笑いながら頭をぐしゃぐしゃと撫でると、鬱陶しそうにその手を退かされてしまった。

「まだまだだね、クロロは」
「何が」
「人間、見た目に騙されちゃいけないよ。所見は中身を覆うただの肉に過ぎないんだから」

そう言って立ち上がり、汚れた部分を軽く手で叩いてから、ん、と言ってクロロに手を伸ばす。
大人しく手を掴んだ所で、ぐいっと引っ張り立たせる。

「さ、もう遅いから帰りなさいな。あ、来る時分かったと思うけど、冷蔵庫の所崩れかけてるから避けて降りるように。つか、帰り落ちないでね?」
「落ちるわけないだろ」
「なら良いんだけどね」

伊達に、一番高い所に縄張りを張っていない。所々が老朽化して崩れてきているのだ。普通なら近寄りすらしないだろう。
クロロが下に降り始めたのを見届けてから私はまたさっき座っていた場所に腰を下ろす。
今度は空ではなく、下を見るために。

『星の降り注ぐ街』
そう名づけられたこの街は謂わばこの世界の成れの果てだろう。
果てなく続くゴミの山には一体どれほどの価値があるのだろうか?

流星街は、今日も曇りだ。



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流星街育ちの主人公が小っちゃい幻影旅団メンバーと友達になる話。