あじゃぱー!と叫びたかった。割と本気で。ここに誰もいなかったら叫んでいただろう。いや、誰かがいたから叫びたくなったのだから、誰もいなかったら、というのはおかしいか。しかし、本当に叫びたかった、頭を抱えながら全力で叫びたかった。なぜなら、この青葉城西という高校に所属している生徒の中で一番と言っていいほど私を嫌っている彼がいたのだから。なぜそう思うのかと言えば、全身全霊をもって私を拒絶しているのが分かるからだ。きっと、それは私と彼しか知らない事実。それは決して表面にでることはないが、彼も私が彼に嫌われていると知っていることを認識していているだろう。別に嫌われるのはいい。どうでもいいと思っている人に何をどういわれようが、どう評価されようがしったことではないし。ただ、私の事が心底嫌なのなら、間違っても友好的に接してこようとしないでほしい。たとえそれが見かけだけだとしても。目が合うと、一瞬親の仇を見るような目で私を見てくるくせに。

そしてそんな目で私を見てくる彼の名は、この高校では知らない人のが少ないであろう有名な名前だ。
及川徹。
私の事を青葉城西一嫌っているが強豪と名高い男子バレーボール部所属にして主将、その人だ。そして同じクラスのクラスメイトでもある。

彼は、私の顔を確認した瞬間、一瞬だけ心底嫌悪した顔をしたが、すぐに笑顔で「こんにちは」と言ってきた。流石だ。

「こんにちは。珍しいね、及川君がここにいるなんて」
「そうだねぇ、ちょっと外の空気吸いたくなってさ」
「あー分かる。ここって空気良いから気持ちいいよね」

なんてことはない、ただの当たり障りのない会話だ。そう、私たちは普通に会話することができる。お互い腹に抱えたものを全て飲み込んだまま。それが嫌かと問われたら、そんなことで癇癪を起すような歳でもない。
ふっと空を見れば、大きな雲が頭上を通過していた。
このまま会話をしていてもいいのだけれど、きっと彼はそれを望んでいない。けれど、どうやって立ち去ったらいいのか、タイミングが掴みづらいだろうから、少しだけ手助けをしてあげよう。これは、優しさではなく、私もここにいる時はのんびりと過ごしたいからという私情だ。

「そう言えば、岩泉君が及川君のこと捜してたよ」
「え、岩ちゃんが?」
「うん。部活の事じゃないかな?クラスの子に「及川知らないか」って聞いてたから」
「そっか、ありがとう。行ってみるよ」

そういって立ち上がった彼は、「それじゃあ篠原さん、また明日」と笑顔で手を振りつつ、私の横を通り過ぎて行った。
がしゃん、と音を立てて閉まった扉が完全に閉まったのを確認してから、その場にごろんと寝転がる。

なんてことはないただの事務的な会話でさえ、そこに温度はない。暖かさ勿論のこと、冷やかささえない。まぁ、別に、どうでもいいのだけれど。
ただ、そう、なんというか本当に。

「ままならないなぁ」

私はただ、日々を穏やかに過ごしたいだけなのに。



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