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「うむ」
「…あ? どうした」
「いや、今宵は月がよく見えんなと思ってな」
「はあ?」
「うむ、もしやとは思うが…かぐやが月磨きをサボっているのやもしれん」

コカゲは眉をしかめて夜空を見上げた。
それに釣られて俺も夜空を見上げる。
夜空には霞がかった三日月が独りぽつんと浮かんでいた。

「どれ、連絡をしてみよう。かぐやはさみしがりじゃからの」

アルミニウムのような服のポケットから、携帯電話のようなポケベルのような小さな機械を取り出して、コカゲは溜息をついた。

「これをガイアで使うのは労力がいるのでな、あまり使いたくはないのだが。うむ、いた仕方ない」

コカゲは四本しかない指を器用に使い、小さな機械で何らかの操作をした。
少し時間を置くと、それは小さく震えた。
…バイブレーション機能もあるのか。しかも、それで連絡を取る…ますます携帯みたいだな、と思った。

「うむ、かぐやは上手くやっているらしい。瀬戸、かぐやは十五夜に美しい月が眺められるよう、月の光を調節していたようじゃ。なかなか憎いことをする」

コカゲは嬉しそうに、小学生ほどの小さな肩を震わせた。
それと同時に、頭に生えた角のような触覚のような一本の突起もゆるゆらりゆるゆらりと揺れる。


ふと、コカゲと出会った日のことを思い出した。
それは、俺がゴミ置き場にゴミを捨てに行った日のことだ。
コカゲは角のような触覚のような一本の突起をへにゃりと垂らし、ぐったりとした様子でゴミ置き場に捨てられていた。
本人曰く、「捨てられたのではない、手違いで落ちてしまったのだ」らしい。
俺はもちろん、コカゲが生きていて、こうして歩き食し眠ることのできる生命体だとは微塵も思っていなかった。
汚ねえぬいぐるみだな、とは思った。
変な形してんな、とも思った。
それが出会いだ。
次の日にゴミ置き場を通りかかると、コカゲはまだそこにいた。
周りにあったゴミ袋は消えていたから、コカゲはぬいぐるみの割にはでかすぎたのでゴミ収集車には乗せてもられなかったのだと俺は思った。
しかし厳密に言えば、コカゲは重すぎてゴミ収集車には乗せることができなかったのだ。
小学五年生ほどの体型をしているくせに、コカゲの重さは100キロ以上はあった。
その次の日も、そのまた次の日もコカゲは変わらずそこにいた。
しかしコカゲを初めてみてから一週間後に、変化が現れた。
コカゲが目を覚ましたのだ。
コカゲを観察することが日課になりつつあった俺は、そのことにひどく驚いたが、同時にひどく興味を惹かれた。
「おぬしはガイアの人間か」
コカゲの声はとても人間的だった。
「出会いがしらに申し訳ないのだがな、良ければ小生を上へあげてはもらえんか」
コカゲの頭から生える、角のような触覚のような一本の突起は、出会ったときよりはいくらか元気を取り戻したように、ゆるゆらりゆるゆらりと揺れていた。


「瀬戸、団子はきちんと用意しておくれ。ガイアにいるうちに、是非一度は味わっておきたいからな」

コカゲが俺を見て言った。
コカゲの銀色の肌が月の光を柔らかく反射する。

「かぐやも云っておった。ガイアからの月はより美しく、団子はより旨い。なによりじいさまとばあさまの優しさが、たまらなく暖かいと」
「ああ」
「月を見て瀬戸から貰い受けた団子を食す。瀬戸はじいさまでもばあさまでもないがな、十二分に暖かいものがあるぞ。…うむ、贅沢の極みである」
「ああ、そうだな」

コカゲは携帯のようなものを出したところと同じところにしまい、また肩を震わせた。


101003

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テーマ「人外ファンタジー」
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