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さやこの泣き顔がすきだ。
まずはじめにぎゅっと眉を引き寄せて、瞳を三日月型に曲げる。ぎゅるぎゅると下唇を噛み締めたかと思うと、ふるふると震えながら拳をつくる。そうするうちに、瞳には溢れんばかりの涙がたまる。ながいしたまつげがたえきれなくなったそのころに、ぼろっと2回、滴がおちる。そこで1度、涙を飲み込もうとしゃくりあげると、もう止まらない。赤ん坊でも敵わぬほどの涙が流れだすのだ。
生まれたころからその泣きかたは変わらなくて、その泣き顔みたさに何度も何度もさやこを泣かした。
ときにはおやつを盗み食いし、ときにはお気に入りの靴を捨て、ときには裸の写真をばらまいた。
初めてさやこに彼氏ができたときは、初デートの前日に浮気相手のフリをして彼氏にさやこの悪口を言ったし、誕生日には必ずケーキを目の前で潰した。成人式を迎えた日には、赤い振り袖を真っ黒に染めてやった。
「お兄ちゃんはなんでわたしをいじめるの」
泣きじゃくりながらさやこが、叫ぶように聞いてきたことがある。
俺は高校生で、さやこは中学生だった。あのときはたしか、さやこが彼氏からもらった指輪をバーナーで変形させた直後だったと思う。
「お兄ちゃんはわたしがすきで、でも兄妹は結婚しちゃいけないからでしょう」
さやこは顔を真っ赤にして泣いて、怒った。俺は涙を堪えきれずに泣く顔を見たいんだが、と思いつつ、さやこにやさしく笑いかけた。
「俺はさやこがすきなんじゃないよ。さやこの泣き顔がすきなんだ」
パタリと止まった涙とさやこ。
その瞳からぽろりと零れた一粒が愛しかった。
これは、おそらく好意というよりは嗜好に近い。
よしんば泣かせるためにさやこを襲うことがあっても、襲って泣かすことはない。
さやこ自身に魅力を感じているわけでなく、あくまでさやこの泣き顔に猛烈に欲情するだけなのだ。
自覚するほどに、俺は非情だ。
それなのにさやこは俺を突き放さない。
正確には、突き放せない。
生まれたときから人生をともにしそのすべてをしっている。何度も何度もさやこを傷つけたのは俺だけど、その数だけ、俺はさやこを救ってきた。
最低な行為を繰り返したあとは、泣いているさやこの肩に手を置き、その顔が一番似合うと笑いかける。
さやこはお兄ちゃんなんか嫌いといいながら、必ず俺の腕のなかで泣く。
さやこは馬鹿だった。
馬鹿で純粋でまっすくだ。
傷付ける度に思う。
さやこを護るのは、俺しかいないと。
「お兄ちゃん…?」
振り向くと、さやこがいた。
さやこの部屋に立つ俺を、不可解な顔をして、見ている。
「さやこ、結婚おめでとう」
さやこが大学に進学して、俺は就職して、さやこを泣かせることはもうずいぶんとなくなった。
さやこの泣き顔を最後に見たのはいつだったか。
成人式を終えた次の年の誕生日は、もう祝えてなかった気がする。
「お兄ちゃん、何やってるの」
久しぶりに会ったさやこの長かった髪はずいぶんと短くなっていて、その顔は少し痩せたようだった。
でも変わらない。
「結婚祝いだよ、さやこ」
まずはじめにぎゅっと眉を引き寄せて、瞳を三日月型に曲げる。ぎゅるぎゅると下唇を噛み締めたかと思うと、ふるふると震えながら拳をつくる。そうするうちに、瞳には溢れんばかりの涙がたまる。ながいしたまつげがたえきれなくなったそのころに、ぼろっと2回、滴がおちる。そこで1度、涙を飲み込もうとしゃくりあげると、もう止まらない。赤ん坊でも敵わぬほどの涙が流れだすのだ。
真っ赤に染まり、原型のわからぬほど引き裂かれたウェディングドレスを見て崩れ落ちるさやこの肩を抱いて、俺はやさしく笑う。
ほらやっぱり、さやこには泣き顔が一番似合う。
20120730
シスターコンプレックス(仮)