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歯磨きをしなさい、とつよしくんに言った。
彼は積み木を掴んだ手を止め、わざとらしくため息をつきながら振り向いた。

「つやこが磨いたら磨きます」

つよしくんは賢い。賢いけれど、所詮賢い子ども。そう、子どもにすぎない。

「何を言ってるんですか」

私は本に添えた手で背表紙をなぞりながら、口をつきだして間髪入れずに呟く。
すこし前につよしくんに注意された、私のすねたときの癖らしいそれは、意識していてもなかなか直らない。

「お勤め先で歯磨きなんて、とてもできません」
「つやこ、癖が出ています」
「今はそんな話はしていないです」

本を閉じた。

「つよしくん、すでに9時を過ぎてます。歯を磨いてもう寝ましょう。子供は眠る時間です」
「ぼくは、つやこが磨いたら磨くと言いました」
「私は、お勤め先で歯磨きなんてできない、といいました」

つよしくんの目を、しばらくの間じっと見る。つよしくんも同じように私の目をじっと見る。
二人の間に、アンティーク時計の秒針が重いコチコチという音を落とした。
分針がゴチン、と何度か動いた。

目をそらしたのはつよしくんだった。

「つやこは最近、姉さんに似てきたようにおもいます」

そういって、三角や四角や丸の積み木を素晴らしくパーフェクトに箱に納めるうしろ姿が、どうにも切ない。

「ねえ、つよしくん、」
「なんですか?」
「さみしいですか?」

お姉さんがいなくなって、と心のなかで付け足した。時計の音は止まらない。
ゴトリ、と積み木の落ちる音がした。

「……つやこ、ぼくは歯を磨きます」

答えをうまくごまかせたと思うのだろうか、つよしくんはやはり賢い。賢いけれど、所詮賢い子ども。そう、結局は、子どもにすぎないのだ。

「わたしも磨こうかしら」

嘘で大人に、勝てるはずがない。

20120219

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