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教師の声がゴオオオオという音にかき消された。それはあまりに突然のことで、教師は豆鉄砲を食らったような顔をしている。
生徒たちは窓の外を覗き込み、それの正体を探した。
そんな奴らに便乗し、窓の外を見るフリをして隣に座る清史を覗き見た。
清史も他のやつらと同じように外を覗いているかと思ったのに、清史は、それに背いて俺を見ていた。
視線がぶつかり、時間が止まる。
あの一瞬は、吸い込まれるような瞳孔とゴオオオオという轟音で成っていた。
飛行機だ、と誰かが呟いた。
ハッとして顔を逸らす頃には轟音も子犬のような小さな唸りに変わっていて、生徒たちは窓から視線をのけた。教師が取り繕うように咳を落とした。
一度中断された授業は何事もなかったかのように、再び始まった。
教師がチョークで黒板を揺らす。生徒の中の誰かが、小さな声で飛行機が…と会話を始める。
さざ波のような生徒たちの言葉は、たぶん教師には届いていない。
黒板に記された暗号みたいな数字を必死にノートにかき写していながら、頭のなかは清史の視線で一杯だった。
笑っていない清史を見たことがない。
清史はいつもヘラヘラしていて、嫌味を言われても八つ当たりされても(主に俺が、だが)それを崩さなかった。俺の前だけではなく、万人にたいしてそうなのだ。そういうやつだ。
けれどさっきは違った。
じっとこちらを見ていた。口許を緩ませず、海底に佇む魚のように、じっと。
――俺、お前のこと好きだよ。
清史の視線と一緒に、そんな一言が頭のなかに現れた。
清史はヘラヘラしながらいつもそう言う。朝も夕も授業中も飯食ってるときもいつも俺を好きだという。
いつもなら忘れてしまうその一言が、なぜか思い出された。
俺は嫌いだよ、と下唇を噛む。
シャープペンを握る左手に、無意識に力が込められた。赤黒い爪のあとが柔らかな手のひらに残る。シャープペンを机におき、手を二、三度開いたり閉じたりさせた。なぜだか手のひらにこわばりを感じた。
「志島」
顔をあげる。その俺を呼ぶ小さな声は、清史のものだった。
「なあ、志島」
清史のそのヘラヘラした顔を見ると、あの一瞬は幻だったんじゃないかと錯覚する。それほど一致しないのだ、この清史とあの清史は。
「志島、好きだよ」
けれどそれが幻覚なんかじゃなかったってことは、自分自身が一番よくわかっていた。
20110915
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