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窓の外はずいぶんと荒れていて、ニュースなんか見なくてもその嵐の大きさは充分すぎるほどわかった。
打ち込む雨が小さな窓を鳴らす。

がたがた、がたがた。

赤川次郎の本は小一時間ほど開いたままだったが、内容はまったく頭に入ってこない。
仕方なしにそれを閉じると、雨風の音がよりいっそう強いものに思えて、なんだかなあ、と思ったのだった。

そんなときだった。
トキコの携帯電話が鳴った。
彼女の携帯に着信があるところを見たのはこれが初めてだったので、スネオヘアーが流れ出したときは一種の幻聴にでもあったかのような感覚だった。
彼らの音楽はしばらく鳴って止まった。
もしかしたら携帯を置いて行ったことに気付いたトキコが誰かしらの電話を借りて自らの携帯へかけてきたのかもしれなかったが、出なかった。
そんな確率はずいぶん低い。
トキコが携帯を置いて行ったことに気付く確率も、誰かしらの携帯を借りようとする確率も、彼女自身が自らの携帯電話番号を覚えている確率も。
携帯電話をしばらく見つめて、何も起こらない現実を見て、目をそらした。

なんのきなしに窓を眺めていると、また携帯が鳴った。
もちろんトキコの携帯電話だった。
あまりに長く流れるので、スネオヘアーの名も知らぬ曲を口ずさめるようになってしまった。
わたしは出なかった。

いつしか雲の上の太陽は暮れ、本当に暗い世界になってもなお、雨風は休むことなく窓を打ち付ける。

がたがた、がたがた、がたがたがたがた、ぴんぽん

窓から目をそらし、ワンルームの先の玄関へと目をやった。
人の気配というものは、扉越しでもわかるものなのだとその時初めて知った。

ぴんぽん、ともう一度チャイムが鳴るので、わたしは重い腰を持ち上げて、扉に向かう。

「ちーちゃん」

トキコだった。

「ちーちゃん、私ちーちゃん家に定期忘れた。んで、電話しようとしたら、携帯もなくて、それで、困ってたら、女の人に、おばあちゃんくらいの、女の人に話しかけられて、それが大学の教授で、ほら、あの、あのゼミの先生で、わたしの携帯何度か鳴ったと思うんだけど…えっと、それで、上がっていいかな?」

少しだけ息の上がったトキコは、いつも以上に青白いくせに、走ってきたのだろうか、頬だけは紅潮していて、雨に濡れた短い前髪は、そういえばこの前わたしが切りすぎてしまったものだった。

「ちーちゃん?」
「ん?」
「あがって、いい?」
「どうぞ」

トキコはわたしなんかよりずっと黒くて長くて艶やかで美しい髪を、控えめに垂らし、お邪魔しますと云って律儀に靴をそろえて、部屋へあがると顔と同じくらい青白い足首がなんとも言えずにかわいそうでいとおしくて、わたしはやっぱり、なんだかなあ、と思うのだった。



20110410
訳も知らないで/スネオヘアー


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