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吸って、吐く。
この動作が愛おしく思えるようになったのは何時からだったか。
それはごく最近のことのはずなのに、よく思い出せない。

暁に空を見ようと、外へ出た。
ロッジの中の彼女は、まだ寝ている。

甲高い、はるか遠くに鶏鳴を聞いて、深緑の葉に踊る朝露を弾く。
実に、静かな夜明けだ。

湖畔を散歩する。
微かに揺れる水面を見つめてみる。
何かが沸き上がってきたら面白いのになあとメルヘンな考えに失笑しながら、朝支度を始める山々を見つめた。
朝だ。
静かな、朝。

思い切り息を吸い込んでみた。
冷たくて透きとおった何かが肺をゆっくりと広げる。
とても美しくて清らかなものが、体中にじっとりと染みわたってくるような気がしてなんだか無性に泣きたくなった。


泣きたいときは、泣くのが一番いいの。
そういったのは誰だったっけ。
湖に出る桟橋のようなところに腰掛けた。
足を下ろせばちょうど足首が水面に埋まる。
ずいぶんと冷えた水であるはずだけど、その冷たさがわかることはない。

静寂。
思い出そうとした何かを忘れてしまった。
それが彼女のことか、自分のことか、この湖畔のことなのか、そういえば最近よくモノを忘れてしまうのだと彼女に言ったら、彼女は笑ってこう言った。

「良いことだとおもう」

笑って泣いた彼女の顔だけは、まだ忘れていない。



ロッジの方で自分を呼ぶ声がした。
彼女が目覚めたのだろう。
水から足を抜け出すと、水面にいくつもの輪ができ広がりやがて消えた。
この輪を人の生き様に例える人もいるのだろうかと思って、そういう生き方もまた美しいだろうと桟橋を離れる。

彼女は突然消えた自分に怒っているだろうか。

もしそうであったらどんなに嬉しいだろう。

彼女の怒声とロッジが近付く。

桟橋を振り向いた。


湖の向こうに微かな光がもれ、山を美しく縁取る。
雁の群れが少し離れた空に舞い、本当の夜明けと朝を迎えはじめる。
目が眩むほど美しい情景に不思議と涙は零れない。

なるほど。

これが、最後の夜明けというものか。



20110207
できれば木漏れ日を感じたかった。

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