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パグがわたしの部屋を訪れたのは午前2時34分だった。
部屋にある唯一の出窓がコツンコツンと何かに弾かれるように鳴った。
カーテンをめくると、そこにはパグがいた。
「夢をいただきにきましたよ」
パグは云った。
「どうぞ」
私はそっと窓を開けた。
パグはアリクイのような細長い鼻をヒクヒクとさせながら、のっそりと部屋に踏みいった。
「お嬢さんの夢はどこですか」
パグはわたしに尋ねた。
「そこですよ」
わたしは机上を指した。
パグはのっそりのそりと重力を無視して空中を歩き、わたしの勉強机までたどり着いた。
机上には色鉛筆とひらきっぱなしの五線譜のノートが一冊。
「カラフルな夢ですね」
パグは言った。
「本当に食べてしまってもよろしいのかしらん」
わたしは答えた。
「いいのよ」
わたしは続けた。
「色のついた楽譜はいらないのよ」
「とてもおいしそう」
いただきます、とパグは言って、むしゃむしゃとノートをほお張りはじめた。
「ねえ、パグさん」
むしゃむしゃと夢をほお張りながら、パグはわたしを見た。
「あなたには夢がある?」
あっという間に五線譜のノートを食し終えたパグは、そばにあった色鉛筆をばりぼりと噛みはじめた。
パグはうなずいた。
「どんな夢? 教えて」
パグは、色鉛筆さえも食べ終えてしまうと、机上にこぼれ落ちた食べカスを丁寧に丹念に奇麗になめとってから、答えた。
「お腹がいっぱいになることですよ」
わたしは言った。
「それならたった今、叶ったんじゃないかしら」
「いいや」
パグは首を振った。
「まだまだ。きっとまた、違う子の夢を食べにゆくのですよ」
「忙しいのね」
「…ふう、ごちそうさま、お嬢さんの夢はとてもおいしかった」
パグはきた道を同じように戻りながら、わたしに言った。
「お嬢さんの夢は本当に、おいしかった。おいしかったけれど願はくは二度と、あなたの夢を食べたくはない」
パグが消えた夜の空はずいぶんと澄んでいた。
息を吸うと、肺が、冷たくてきれいな空気に浄化されていくような気がして気分がよかった。
けれどなぜかさみしくて、わたしは少しだけ泣いた。
20110127