言霊というのは割と凄いと思ってる。
まあ種類にもよるのだが、例えば「青を好きになれ」と言われ、今までの自分は青色は好きでも嫌いでもなく、謂わば普通だった。しかしそれを好きになろうと努力し、人に「好きな色は何色?」と聞かれた際には青と答える。それを律儀に何年間も続けてみろ、何故か青が好きになっているものだ。それは何故か、愛着によるものか、はたまた言霊による脳ミソの思い込みか。
「まああたしは愛着だと思うけどね」
「…なら一番最初に言った言葉はなんだ」
「あんま皮肉ばっか言ってるといつか本当にその通りになっちゃうかもよ、というあたしなりの忠告でした」
「忠告痛み入る、が余計な御世話だ」
ちぇー、とつまらなげになまえは床に転がった。現在ここ衛宮邸には珍しく人が居ない。みな学校へ行ったり出掛けたりと忙しいようだ。
「たまには素直になんなきゃ愛想つかされるよ」
「それは私のセリフなのだがね」
「なまえちゃんは素直すぎるんだよー」
へらへら笑いながらアーチャーの顔を盗み見る。その視線にアーチャーは何とも言えない気持ちになった。
この馬鹿みたいに広い屋敷に二人きり。いや、正確には三人なのだが。
ゆっくりと流れていく時間になまえは身を任せていた。元より無意識に考え事をしてしまう性格故に、この無意味な時間が経過していくのを誰かと過ごすだけで強く居られるような気がしていたのだ。無論錯覚なのだが。
「あのさ」
「なんだね」
「くっついて良い」
「いつも勝手に引っ付いてるではないか」
それもそうだ、となまえは泣きそうに笑って見せた。時たま見せるこの少女の陰にアーチャーは何も聞けない。静かな時、物思いに耽る時など必ず泣きそうになっている。当の本人は気付いていないのだろうけれど。
宣言通りにくっつきアーチャーの肩口に頭を預け、黙り込む。ああこんな状況、あの男が見たらなんと言うか。アーチャーは苦く笑った。
「あのさ」
「なんだね」
「エミヤは、こんなに広い屋敷で一人ぼっちだったんだ」
「…」
何を言い出すかと思えば、
「あたしもね、少しだけ一人だったよ。セイバー達が来る前はさ、士郎が学校行っちゃえば一人でやることもなくって暇してた。…エミヤは、一人で居たときは何を思ってたんだろう」
ぼんやりと、譫言のように喋るなまえを抱き寄せる。
何を考えているんだか、この少女は。人のことなんかどうでも良いじゃないか。自分のことで手一杯なくせに、他人の気持ちまで知ろうとしなくたって、
「エミヤ」
紡がれる名前に。
「大丈夫だよ」
虚勢を張る少女に。
自分は何もしてやれないのだろう。してやれるのは自分ではなく、きっと、
「なまえ」
名を呼ばれゆるりと顔を上げると、あまりにも明らかに不機嫌そうなランサーが立っていた。いつ起きたのだろうか。
「……やだなあランサー、空気読んでよ」
「全くだな」
「うるせえ、良いから離れろ」
「やあだよー」
なまえは見せ付けるようにアーチャーの首に巻き付く。するとランサーの眉間の皺が数を増やした。
そんな二人にため息を吐き、アーチャーも目の前の男が気に食わないのでなまえに唇を落とす。恐らく、一番拍子抜けしたのは唇を落とされた本人であろう。
「あまり気を抜いていると、喰ってしまうぞ」
冗談めいたその言葉になまえは柔らく笑う。きっとこの男は自分に手出し出来ないと知っているからであろう。
「きゃーアーチャーに食べられるー」
こちらもふざけながらアーチャーの腕の中から脱した。逃げた方向を向けば不機嫌な男が。
「奪われたくなければ精々印でも付けておくのだな」
奪えなどしないのだけれど。
いつからか、この二人の中心は互いとなっていた。それを自分等で理解しながらも知らない振りをするなまえとランサーにアーチャーは何時もの皮肉混じりの笑みで笑いかける。
早く手に入れてしまわなければ無くなるぞ、と。
「ああ、それもそうだ」
乱暴になまえの腕を引き、首元に顔を埋める。わざと音を立て吸い上げ、そのままアーチャーの目の前でなまえの唇に貪りついた。
「ば、らんっさ…!」
流石にアーチャーの目の前でやられるとは思っていなかったのだろう、抵抗するなまえを無視して再度首に噛みつく。アーチャーの死角となる位置で服の上から胸を触られ肩がびくりと跳ねる。その手つきが、厭らしくてなまえの羞恥心を駆り立てた。息を乱してランサーを睨み付ければ一際強く握られあられもない声が口から出る。流石にアーチャーに聞かれたとあってかなまえの顔や耳は今までにないほど赤く染まっていた。それに満足したのか、ランサーは顔を離して笑った。
「お前はアイツにはやんねえ」
だから、それが駄目なのだと。
アーチャーはまた息を吐いて、なまえも女だということを再確認した。
嫉妬よりも酷な感情ハチ様リクエスト
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