翌朝、服は雁夜おじさんのものらしきパーカーを勝手に拝借した。着ていたシャツとショートパンツは洗濯機につっこみました。
そして朝食を作る為に冷蔵庫を開けると見事に空だった。まあ仕方ないんだろうけど。棚を開けると…まあ、調味料やお湯を入れるだけのレトルト食品。朝からカップラーメンとは如何なものだろうか。冷凍庫に冷凍したご飯が少しあった。仕方なくお茶漬けに手をかけ、コンソメも取り出す。


「…あ、おはよう」


リビングにやってきた二人組。椅子に座らせるが雁夜おじさんは納得いかない模様。

「何にも無かったから桜ちゃんははい、お茶漬け。雁夜おじさんにはコンソメ風お茶漬けスープ」
「……え、」

どうして、と言いたげである。あたしは笑うだけ笑った。




****




「……で、今日なんだけどさ。やっぱり食品はいると思うんだよね。だから間桐家行って、どっか買い物行って来ようと思う」

少ない食器をカチャカチャ洗いながら今日の予定を話す。桜ちゃんはリビングでテレビを見ている。

「だから、俺が行くよ。いつまでも海南ちゃんに頼ってばかりじゃいられない」
「いや二人には此処に居てもらう。じゃなきゃバーサーカーが守りに入れないし、あたしお金ないから雁夜おじさんから貰わなきゃ何も買えないもん。お互い様じゃない?」

それが一番良い筈なんだ。
全てを洗い終えて手を拭く。おじさんはあたしが何を言っても引く気がないと悟ったのか困った顔をした。

「…でも、せめてバーサーカーを連れて行ってくれ。俺だって桜ちゃんを守れる程度には力はある。それに間桐の家に女の子1人で行くなんて、例え臓硯が居なくたって危険だ」
「それも却下。あくまで低級魔術や使い魔程度なら大丈夫だろうけど、サーヴァントが攻め込んできたら話は別。大丈夫、時間制限付きだけどちゃんとあたしにも居るから」

まあいつ来るかなんて分かんないような奴だけど。はあ、と溜め息をつくと雁夜おじさんが目を見開いた。そして何か言葉を発する前に、髪の毛が引っ張られる。いだ、と声を出す前に、塞がれた。


「…っ、ん……!?」


口内に侵入してくる生暖かいもの。目の前に広がる青。コイツふざけてんのか。後ろから顎を掴まれ海老反りのようになっているので案外辛い。呼吸も出来ない、から。しぬ…!




その時、風が吹いた気がした。


「はぁ、あ、ぁ……!」


足りない酸素を思いっきり吸う。目の前には黒が。

「……何者ですか」

背中に腕を回され抱き締められる。その声は昨夜聞いた声。

「おー、浮気か海南」

上機嫌な声が聞こえそちらに振り向く。涙目になりながらも睨み付けた。

「黙れ死ね消えろ失せろ状況理解してんの!?ばっかじゃないの!?」
「良いだろ、どうやらお前との繋がりが強い方が長く留まれるらしいからな。…それより、少し違う魔力の滓が残ってたが…」

味を確認するようにペロリと唇を舐める。ああああムカつくコイツ!だからっていきなりするか普通!それに関係ないだろ!なんで私服なんだよ!!

「もう良いから行くよ!時間が勿体無い!やること山程あんだからね!」
「待てよ」

ランサーの横を通り過ぎようとしたら止められた。コイツまじ何なの、意味わかんないんだけど。ムカつくんだけど。あたしの邪魔ばっかりしてくるんだけど。

何さ、と睨み付けるとランサーはあたしの胸元に手を伸ばし、躊躇いなく、パーカーのチャックを、下げやがった。


「…ったく、やっぱりな。中になんも着てねえじゃねえか」
「下着つけてる」
「着てるって言わねえだろ」


そう言って次は太股に手を伸ばしてくる。その手が明らかに厭らしい手付きだったのでパーカーの裾を掴んだ。

「はい駄目!下着です!サービスシーン終了ー!」
「……それで外出る気だったのか?」
「こういう人たまに見るじゃん。ニーハイにロンティー的な。誰も下に下着しか着てないなんて思わないし、てかだから何?みたいな。少しあたしが寒いだけで誰も興味なんか持たないって」

「おう。それもそうだ」

ランサーはそう言って笑った。

「つまり」

わらっ、た。






「誰に襲われても文句は言わないっつうことだな」



ランサーの目が本気過ぎたから顔面にパンチ喰らわせてパーカーやらシャツやらが入っていたタンスに向かって走って行った。何アイツのあの顔エロイ。



****




「…どちらにしてもなんか危ない匂いがする」
「着ねぇよりかましだアホ」
「…ふうん」

何故か桜ちゃんと遊んでいたランサーを一瞥して雁夜おじさんからお金を貰う。そして実体化してランサーを警戒しているバーサーカーに宜しくと言ってランサーの髪の毛を引っ張った。

「ほぅらワンちゃんお散歩の時間ですよー」
「いだ、いだだだあ!犬って言うないただだだだっ!!」
「行って来るね桜ちゃん」
「……うん。いってらっしゃい、お姉ちゃん、お兄さん」

未だにあの子が笑顔を向けてくれた事がない。それが何より寂しかった。





「…で」

外に出るなり何やら真剣な面持ちでランサーが海南を見やった。

「一体どういう経路でああなった」
「簡潔に話すとあたしがバーサーカーを使ってあの二人を助けた」
「……」

その返答に納得いかないのか、ランサーは眉を顰める。それでも彼女は会話を続けた。

「いやあ、これからどうしようかなあって。とりあえず今日は桜ちゃんの服を取りに間桐の家にね――ああ臓硯はバーサーカーに殺してもらったから平気な筈なんだけどさ」


違う。


「まずはやっぱりランサー陣営だよね。キャスター陣営は…うーん、サーヴァントはしょうがないから死ぬ、けどマスターの方だけ助けるかな―――って、どうしたの?ランサー」


違う。
ただその言葉だけが彼の頭を支配していた。違う、違う、と。

「お前…」
「うん?」

邪気の無い笑顔。それは間違えなく"海南"のものだった。
けれども、違う、と。



「なんで、殺した」



彼女は捨てて救うものではない。救って救うものだ。あの少年のように救えるもの全てを救おうと、足掻く少女だ。自分の身の危険を省みない所は些か問題ではあるが、とにかく、無謀でも挑む少女だ。それで救えなかったら嘆く。嘆いて、亡き者まで救おうとする。どうしようない人間だ。



「なんでって…邪魔だし、危険だし。あの二人を脅かすような危険人物だよ?居ない方があたしも安心して動ける」



こんなに簡単に、■■■など言ってはいけないのに。

「…動く?」
「そうだよ」
「てめえがどっかに隠れてりゃ勝手に聖杯戦争は終わんだろうが。なんでわざわざ介入する必要があんだ」

その返答に今度は海南が眉を顰める番だった。

「何それ。つまんな」
「つまんねぇだと?」
「詰んない詰んない詰んない、何?生きてる世界を精一杯楽しまなきゃ損なんでしょ?」

楽しむ楽しまないの問題ではない。
この少女は、間違えなく、×のうとしている。否、×んでしまう。



「そりゃ状況によんだろ。此処は俺だってずっとお前を守ってやれる訳じゃねぇし、そもそもお前自分の身すら守れねえだろうが。悪い事言わねえからあの二人の所からも逃げて、どっかに隠れてろ。言峰に聞いたがそんなに長くねえんだとよ。ならどっかに身を隠して安全を確保した方が懸命だ」



苛立たしげのランサーの言葉に、海南はふうん、と。
それだけ呟いた。



「言いたい事はそれだけ?じゃあ早く行こう」



少女は間違えなく、興味が、無かった。

離れる距離
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