瞳を閉じ規則正しい呼吸を繰り返す海南を言峰は観察する。
「随分と甘やかすのだな」
何時から居たのか、ギルガメッシュはワインとグラス2つを片手にしてソファーへと腰掛けた。
「甘やかす、か。そうだな、存外、この娘には甘いのかも知れん」
「ほう」
「だが、それは私だけではない筈だぞギルガメッシュ」
自らの膝に頭を乗せて眠っている海南をギルガメッシュは見て、頷く。確かに自分もこの娘には何かと甘い。しかし、それは自分が愉しいからだ。
「こやつは見てて飽きぬからな。それに」
ギルガメッシュはそこで言葉を切った。ただその視線の先に居るのは海南であるのに、違うものも見ている。そして愛しそうに微笑むのだ。それは、誰に向けられたものか。
透明なグラスに注がれるワイン。あるのは2つ。
「呑め、言峰。久方ぶりに我が酌をしてやったのだ」
自棄に機嫌が良いギルガメッシュはさっさと自分の口内にワインを含む。そして、言峰もグラスを手に取って、口元を歪ませた。
「可哀いものを愛でて何が悪いのかね」
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「…言峰」
一体どれくらい時が経ったのだろう。ギルガメッシュは何やら真剣な面持ちで言峰を呼ぶ。しかし、その視線の先には一人の少女。
「海南を起こせ」
一体何を言い出すのかと思いきや、そんなことを言い出した。時刻は4時を回っている。
無論言峰はその言動を不思議に思った。だから、問うたのだ。何故、と。
「良いから早く起こさぬか」
目付きを鋭くさせ、先ほどの雰囲気とは真逆の、何処と無く緊張感漂う部屋。言峰は海南の肩を揺らし、起こす。
…が、起きない。
どんなに名を呼ぼうともどんなに肩を揺らそうとも、何をしても起きる気配がない。鼻を摘まんでも、あろうことか床に落としても、起きる所か呻き声一つあげず、寝息をたてていた。
「……これは」
「チッ、持っていかれたか」
苛立たし気にギルガメッシュは海南を抱き上げ自らの額と重ね合わせた。
「…まさかとは思うが、」
「…抜け殻か。今のこいつは中身がない。眠っている間につれてかれたようだな。…アンリマユは随分と海南を気に入っているようだ」
忌々しげに吐き捨て、海南を抱き締める。スッ、と瞳を閉じて、顔をしかめた。
「しかも10年前の聖杯戦争ときたか。…中々面白い」
「…!」
「……ふむ、どうしたものか。あの聖杯戦争は今回のように甘くはなかったからな。死ぬかも知れん」
さらりと言ってみせてから体を放し、ギルガメッシュは海南の頬をつつきながら悪態をつく。
「愚か者め。狗なぞに顕を抜かすからそうなるのだ。アレの何処が良いのか我にはさっぱり分からんぞ」
だが返事はない。
ギルガメッシュは心底愉しそうに言ってみせた。
「この世全ての悪が歓喜をあげる終結を終えなければ、眠ったままか。はっ、面白い。あの世界で海南はどう足掻くか――見てみる価値はあるか」
夢に堕ち暗闇に踏み入れる