そっと泥の中に突き刺した。底の無い沼にずぶずぶと落ちていく。
「ランサー、」
愛しそうに見つめる少女はにんまりと笑いながら、涙を流した。
****
――…感覚が無くなる。
一瞬で意識を持っていかれそうになったが、海南の顔が頭からこびりついて離れない。なんだって、あんな顔すんだ。投げれなかったじゃねえか。
じわじわと体を侵食してくる泥。怨嗟の声。あの嬢ちゃんのに比べたら、なんというか、堪えられた。これが海南の闇だというのなら、堪えられる。
数え切れない憎悪の声。ああうるせえ、俺の所為じゃねえだろ。人の所為にすんな。手足が消える。視界は元より赤と黒。地獄の色。てか俺ここまで理性たもってんの凄くねえか?
「…………、しないで」
……ああ、
「ひとりに、…………」
最初っからお前は。
俺に助けを求めてたな。
同化していく体。あ、やば、と思って目を閉じたら啜り泣く声が聞こえてきた。目を開ける。声のする方を向く。……向けてんのわかんねえや。けど、行かなきゃならねえ。体を動かす。感覚なんざねえが、声を頼りに進んだ。
「…、ぅ……う…」
あ、泣いてる。
「――!」
何泣いてんだ。
「……酷い姿」
あ?姿?
おー、見事に同化してんな。
「何しに来たの」
何って、泣き声聞こえたらから来たに決まってんだろ。
「今更何。ランサーはあたしのことどうでもいいんでしょ」
はあ?なんで。
「な、なんでって……令呪、バゼットにって……」
ああ、あれな。あれはお前が悪い。
「はあ!?ランサーはあたしなんかよりバゼットのがいいんでしょ!!」
だから、なんで。
「だってあたしより綺麗だし、可愛いし、かっこいいし、強いし、お姉さんだし、おっぱいおっきいし、強気だし、」
…………。
「背中預けれるし、頼れるし、…………あたしなんかより、ずっと、ランサーに合ってる」
きゅうと唇を噛み締め海南はうつ向く。うん、何て言うかよ、うん。アレだな。
―――…お前、可愛いな。
「!?」
そんな事思ってこんなんになるのか。いやぁ俺愛されすぎだろ。
「なっ、な、」
ぱくぱくと口を動かしながら顔を真っ赤にする海南。触れたい、と思ったから、触れた。
「けど残念。俺はお前の方が可愛いと思うし一緒に居てえと思うし守りてえと思うし………キスしてえと思うし、抱きてえと思う。まあ要するに好きってことだな」
ぽろりぽろりと顔を赤くしながら涙を流す。ああほら、やっぱり泣かせちまった。
「…、……あたし、」
「ん」
涙を指先で拭ってやれば海南は俺の胸元に顔を押し付け肩を震わせる。
「ランサーと、一緒に居たいっ!!ずっと、ずっと、消えちゃうとしても、一緒に居たい!!」
「…ん」
小さな肩を抱いて、背中に腕を回す。けど、と海南は泣きながら続けた。
「あたしこんなんだしっ、穢いし、醜いしっ、!ランサーとバゼットが一緒に居ただけで、嫌って、嫌って思っちゃって……!恋人じゃないのにっ、ランサーのこと分かってるつもりでいたから、つもりだったから!クーフーリンっていう昔の英雄だって、思おうとしたのに!もう居ない人なんだって、駄目なんだって、好きになっちゃいけないって!なのに、なのにっランサーがあたしの名前呼ぶ度に、一緒に居る度に近くなってって、離したくなくて、怖くなって………!!」
「海南」
「ここはあたしの世界だからっ、あたしがつくった世界だから、ずっと、一緒に居れるっ、!」
「それじゃあ意味ねえだろ」
ぐずぐずと愚図る海南を胸元から離して、肩に手を置く。嗚咽を漏らしながら海南はこちらを見た。
「一緒に過ごすっつうのにこんな辛気くせえ所じゃあ俺達まで腐っちまう」
「……、う…っ、く」
「な?俺はお前が死ぬまで傍に居てやる。ランサーっつうより、クーフーリンとして俺はお前の事が好きだ」
ちゅ、と額に唇を落とすと海南は俺の手を握ってきた。勿論、震えている。
「本当に…?」
「ああ」
「あたし、こんなんだよ」
そう言って周囲を見渡す。そこには憎悪の塊、人間としての醜い部分。それでも、と。
「人間誰しも醜い部分はある。だから、それも含めて俺は海南を愛してやるよ」
「……」
「俺だってそういう感情はあるさ」
「ランサーも…?」
「おうよ。例えばお前が誰かに抱き着いた時とかはもうすっげえムカツクし、お前が他の奴とセックスしたとかまじ相手殺してえ。あああとお前が俺以外の奴と契約すんのも――…」
ぶ、と。
海南は吹き出した。
「やだランサー、あたしのことばっか」
「あ、本当だな」
くすくす笑いながら、海南は背伸びをして手を伸ばして、俺の額と額を重ねる。目尻にはまだ少し涙が残っていた。
「好きだよ、ランサー」
「ああ、俺も好きだ」
憎悪と憤怒の世界で俺達は唇を重ね、愛を誓った。
祝福されぬ世界の幸福