ずん、と刺さった何かを見て首を傾げる。

「…は、……」
「ランサー!」
「あれえ」

セイバー目掛けて放った何かはランサーの胸を貫通していた。だから、首を傾げて、何か思いついたのか、花が咲いたように笑う。

「そっか!ディルムッドはあたしのこと好きだもんね!」

ずるり、ずるりとランサーの体が少女の元へと引き寄せられる。目の前に立っている、とは言えないが力なく黒い何かに支えられ居るディルムッドの頬に手を添え、鼻と鼻が触れる距離で少女は妖艶に笑んだ。

「……ねえ」

けれどもその瞳は寂しげに。

「ディルムッドは、……あたしの傍にずっと居てくれないの?」

誰が、この少女を拒めようか。
独りにしないでと、少女は縋るようにディルムッドの両頬に手を添え、力を込めた。爪を立てられディルムッドの頬に赤い鮮血が滑り落ちる。

「……あ、ぁ」

力などもう入らない。黒い何かが離れた瞬間にきっとこの体は崩れ落ちるのだろう。だから、せめて、この寂しげな心だけは救おうと、その問いかけに頷いた。

少女は笑う。
泣きそうな顔で、笑う。

足下から黒い何かはディルムッドを犯していく。足下から、腰へ競り上がり全身を呑み込む。愛しそうに、ディルムッドの形をとった黒を指先で撫で上げた。


「ディルムッド」


黒が薄れ、男が現れた。それはディルムッドであり、ディルムッドではない。黄色だった瞳は赤へと変わり。全身は深緑の外装から黒い外装へと変わり。嬉しそうに笑った少女は男の首に腕を回しぶらさがった。少女の腰に腕を回して男は笑う。

「ディルムッド…!」
「……マスター…」

まるで時代を越え再開した恋人同士のように、その二人は笑い合う。

「最初っからこうしてれば良かった!そしたらディルムッドはあたしのものになって、それでディルムッドはあたしを裏切らなくて、あとっ、あと、」
「……あぁ、俺はマスターの道具だ。マスターを裏切らない。マスターだけを信じる。マスターだけを愛そう。……マスターを哀しませる奴もマスターを傷付ける奴も……否、全員だ。俺達以外の奴は、」


殺す、と。
赤い瞳を鈍く輝かせ黒い騎士は少女を抱き上げた。


「…ディルムッド?」
「此所は危険だマスター」
「平気だよ」
「どこか違う場所に避難させる」
「!いや!ディルムッドと一緒にいる!」


嫌々と少女はディルムッドの身体に抱き着いて暴れる。それも、あの少女のままだ。ディルムッドは溜め息をひとつ吐いて仕方がない、と。その返答に少女は嬉しそうに笑いディルムッドは「対価だ」と言って小さな唇を塞いだ。そして愛しそうに少女の頬の傷口を舐めあげて、ディルムッドは妖艶に笑う。

「さあマスター御命令を」
「うん」
「早く済ましてしまいましょう。俺は今すぐにでも貴女が欲しくて堪らない」

熱を持った瞳で少女を見下ろし、命令を待つ。にんまりと少女は笑いながら、現れた黒い異空間に手を突っ込み、何かを取り出した。

「はい、忘れ物」

それは彼が自らの手で破壊した筈の黄色い槍。

「忝ない」
「終わったらいっぱいいっぱい遊ぼうね」
「ああ」

ディルムッドは赤い槍を取り出す。これで、彼は完璧だ。
後ろを振り向き驚愕している人間を見て彼は嘲笑った。

「さあ、早く済ましてしまおう。見ての通り俺は忙しいのでね」
「ディルムッド、貴方は…!」

セイバーの言葉が終わる前に、ディルムッドが踏み込んだ。

「―――ッ、!?」
「王ッ!!」

いとも容易く、セイバーはその体を吹き飛ばされてしまった。ディルムッドはつまらなげに槍を構え直す。

「所詮小娘は小娘か」
「…!貴様ッ……!!」
「事実を言って何が悪い。ああ、可憐な小娘を傷付けるのは心が傷むな」

フッ、と馬鹿にした笑みを浮かべまた踏み込む。

「ランサー…否、ディルムッド!あのような闇に嗾されたか!フィアナ騎士団の名がきいて泣くぞ!!」
「構わんよ、そんなもの」

槍と剣がぶつかり合う。それでも優劣ははっきりとしていた。

「俺はマスターさえ居れば何も要らない。邪魔立てする奴等は殺すだけだッ!」
「…くっ、!」

治癒不可能の槍がセイバーの頬を切る。途端、ディルムッドが横へと避けた。

「無事ですか!」
「はあ、あ、ランスロット…済まない…」
「いえ。……それより」

セイバーを庇うようにランスロットは立ち塞がる。そんな彼を見てディルムッドは眉を寄せ、嘲笑う。

「何だ、裏切り者の騎士ではないか」
「……」
「否そう睨むな。奇遇にも俺もアンタと同じような事をしたさ」

剣を構え、ランスロットはディルムッドとその先にいる少女を、見詰めたのに。



「――アイリッ!!!」



男の声が聞こえた。ランスロットの見詰めた先に少女は、いない。

「うつわ」
「―…きゃっ、!」

いつの間に移動したのか、セイバーの後ろに控えていたアイリスフィールの眼下に少女は移動して手を伸ばしていた。

「アイリスフィール!!」
「余所見はするなよ!」

アイリスフィールの悲鳴を聞き付けセイバーが下がろうとしたがディルムッドに拒まれる。ランスロットが少女の元に踏み込もうとすれば黒い何かにより拒まれる。

「安心して」

少女は優しげに微笑みながら片手でアイリスフィールの赤い瞳を覆う。大丈夫だと、少女は、


「、ぐっ!?」
「大丈夫大丈夫、」


子供を窘めるかのように口調で少女はアイリスフィールの腹に黒い何かを突き刺した。黒い何かはそのままぐちゃりと中を掻き回す。少女は大丈夫、と。

「アイリッ!!」

後ろから足音が聞こえた。不確かな、覚束無い足音。

そちらに向けて白い女を投げ捨てる。ドンッとぶつかる音。

「……っ、……きり、つぐ…、」
「アイリ、アイリ……!」

少女はそれを嬉しそうに眺めて、空を見上げた。

「そろそろいっかなぁ、」

ゆっくり歪み始める空。
黒く開き始める空間。


「さあ、貴方達がほしいものは此処に」


ゆらりと少女は揺れる。
小さく開いた孔を背にして。

黒に染まる喚起
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -