「全く、静かに入浴も出来んのか、貴様等は」

浴室から出て脱衣場を出ると黒い男が冷ややかな視線を送ってきた。しかし海南はまだ濡れている髪の毛を弄りながら湯上がりでほんのり染まった頬を膨らませた。

「ギルが悪い。アイツあたしの顔面にお湯かけてくんだもん」

稚児さながらに体に見合わない服を掌でぎゅうと握りしめそっぽを向く。その姿に言峰は息を吐いた。
借りたスリッパでペタペタ廊下を歩き言峰の横を通り過ぎる。その行き先は決まっているようだった。




言峰が自室に戻るとソファーであの少女が寝そべっていた。うつ伏せの状態から仰向けになると借りた大きなTシャツが捲れ上がる。ソファーの真横に立ち、海南を見下ろし、何かを落とした。

「少しは恥じらえ」
「んあ?ああ…」

落ちてきたのはタオルだった。まだ濡れている髪を拭けということだろうか。
それを受け取り、言峰の視線の先を見た。大きいからと上しか着用しなかったTシャツはワンピースのように着ていてそれはひっくり返ったことで太股が露出してしまったらしい。
なるほど、と理解はした。理解はしたが気にする様子など微塵もなく、椅子に座った綺礼をみやり笑ったのだった。

「ねねセクシー?エロチック?欲情する?」

わざと太股をちらつかせ綺礼を見やる。しかしそれに見向きもせずただ資料らしき紙を捲り――鼻で笑った。


「10年経ったら考えてやらんこともない」


ちえ、とつまらなさげに服を整える。綺礼が紙を捲る音だけが響く部屋。海南は暇らしく、ソファーの上で丸くなり瞳を閉じ始めた。時刻は3時。雷の音も雨の音も、聞こえない。ただ聞こえるのは二人分の息遣いと、紙を捲る音。

「そこで眠るな。風邪を引かれては面倒だ」
「んー…」

既に半分は夢の中なのだろう。
髪の毛は未だに濡れている。わざわざタオルまで持ってきてやったというのに、拭かなかったようだ。

言峰は椅子から立ち上がりソファーの脇に座る。タオルを取り、髪の毛を拭いてやる。それが分かったのか、上半身を起こして言峰に背中を見せ、頭を預けた。

がくがくと揺れる頭は彼女の意識の無さである。力加減が分からず髪の毛を拭く言峰のせいでもあるが。

頭を拭く感覚が無くなったのか、そのまま海南は言峰の方へと倒れた。



チクタクと流れる時間。
不意に海南の唇が動いた。

「…あの、ね」
「…」
「あたしの中の  が、」



よんでるの。



何故か泣きそうな顔で言う。辛い訳ではない。ただ、泣きそうだったのだ。


慈しみを持つ眼
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