「―……!」


先に覚醒したのは衛宮切嗣だった。
体を起こしたった今起きた事を考える。

アレは、なんだ。アレが聖杯?馬鹿な、アイリはまだ、

ぐるぐると回る思考の中、小さな足音が耳についた。
こつり、こつり、こつり、と。観客席の真ん中の階段をゆっくりふらふらと歩く、少女。

ぴたりと。
衛宮切嗣に気付いて、足を止めた。

「ほしいんでしょ」

涙はとまっている。
けれども、瞳は赤く。

「ほしいんでしょねえほしいんでしょほしいんでしょほしいんでしょほしいんでしょほしいんでしょほしいんでしょほしいんでしょねえ、あたしがほしいんでしょねえねえねえねえねえねえ」

ずるりずるりと足元から出てくる黒い何か。影ではない、靄のように、霧のように、けれども形をもって。


「だから、ちょうだい」


それは衛宮切嗣に向かって放たれる。体は重いとは言えど躱すことはできた。横に転がれば追尾してなどこない。黒い何かが当たったら所はじゅわ、と溶けだした。少女は首を傾げて眉を下げる。

「……ど、して、?」

わからない理解できないと。少女は首を傾げて両手を後ろで組む。ふらふらと右へ左へと揺れながら、少女は困っていた。

「君、は」

切嗣の問いに少女は笑う。
邪気の無い、少女の笑みで。


「あたしの名前は海南だよ!」


どこまでもそれは、少女の笑みだった。だから寒気がした。何処にでもいる少女だったから。

「―…」

言峰綺礼が起きる。何故、と彼も動揺していた。聖杯な筈はない。だって、サーヴァントはまだ4体もいる。出来上がるには準備が足りなさすぎる。なのに何故。あれは一体なんなのか。

目が合う。
にんまりと笑った少女と。


「二人とも、ちょうだい」


そうして黒い何かが二人を襲った。




*****




「セイバー!」

聞こえた声にそちらを振り向けば、槍を携えたディルムッドが居た。

「これは一体何事だ」

市民ホールから発せられる尋常ではない魔力。けれどもランスロットただ、それを呆然と眺めていた。

「ランスロット、これは…」
「わかり、ません」

そう、わからないのだ。
ただ少女から流れ出る魔力が、尋常ではないことと、アレと同じものだということだけは分かる。
「見に行けば良いではないか」


聞こえた声にその場にいた全員がそちらを向く。相変わらず、建物の上からこちらを見下している黄金の英霊はにんまりと愉しそうに笑っていた。

「ああ、見に行け。そして嘆くが良い。貴様等が欲していた“聖杯”とやらがなんたるかを知りな」
「…聖杯、だと…!?」

それはあり得ない。
だって、聖杯の守り手であるアイリスフィールはまだ人であった。自らの足で動けるほど、人間であった。

「ああ、聖杯よ」
「あり得ないわ!だって、英霊はまだ、」
「そんなもの関係せぬわ。器の女よ、貴様は所詮器でしかない」

なにが言いたいのか。
ギルガメッシュはみなを見下して、笑った。


「器の“中身”など疾うの昔から貴様等の前に現れていただろう」


ずるりずるりと。
こつこつこつと。

不吉な音を響かせ。


「!?切嗣ッ!」
「ほう。貴様はあの娘のように人を喰らわぬのか」

少女は何も言わず、切嗣と言峰を投げ捨てる。二人とも意識も魔力も健在だ。

「海南様ッ!!」

その声にぴくりと肩を震わせ、応えるように黒い何かがバーサーカーに向かう。なんとかそれを躱しバーサーカーは少女から距離を取った。それも、ほぼ反応的に。少女は哀しそうな顔をしてこちらを見ている。


「どうして、」
「貴女は一体……」
「どうして」


どうして、どうして、どうして、と少女は呟き続ける。どうして、と。

「どうして誰も褒めてくれないのどうして誰も解ってくれないのどうして誰もお礼してくれないのどうして誰も認めてくれないのどうして誰も信じてくれないのどうして誰も優しくしてくれないのどうして誰も笑ってくれないのどうして誰も喜んでくれないのどうしてどうしてどうして」

呪いのようだった。
どうして、どうして、と呟き続ける少女はただ必死に涙を堪え叫んで居た。怒りのような哀しみのような呆れのような、そんな叫び。

「だって!あたし言ったじゃん!!止めてって!意味無いって!!なんで誰も聞いてくれないの!?あたしだって辛いよ!痛いのやだよ!怖いのやだよ!!」

懇願するように。
自分は悪くないと。

「――…なんでさ」

どうして、誰も自分を必要としてくれないのかと。少女は強く強く拳を握りしめる。


「……良いよ、もう」


そうして顔を上げ、少女は微笑んだ。
どうせああなってしまうのならば、と。
誰も話をきいてくれないのならば、と。




「みんなみぃんな、あたしのものになれば良いんだ」



感激するかのように黒い何かは揺らめき少女に纏わりつく。少女はいとおしそうに黒を認め容認し、呟いた。


「だって、そうだよね?アンリマユ」


歓喜の声があがる。

黒い何かが、セイバー目掛けて放たれた。

嘘を嘯き喚いて
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