無我夢中で走った。
聞こえる金属の音も無視して、走った。




ステージ上で繰り広げられる攻防戦。その舞台にいるのは二人の男。

観客席の一番上の扉が、大袈裟に開いた。

ぴたりと動きを止める二人。そちらを見れば今にも泣きそうな顔をした少女が、立っていた。


「――もう止めてよ!!なんで、なんで闘うの!?そんなことしたって誰も喜ばない幸せになれない!!ただ傷付くだけじゃん!!」

まるで、演劇の一シーンのようだった。
役者は三人。その中で、彼女は悲痛に叫び悲劇のヒロインを演じる主人公。止めて、と。意味などないと。お芝居を続ける役者のように叫ぶ。

「―…君は」

衛宮切嗣はそんな少女を憐れむような目で見た。

「まだ何も知らないんだ」
「……」
「全てを救うことなんかね、できやしないんだよ」
「そんなこと言わない!あたしはあたしの救いたい人達だけを救う!!」

多分、少女は既に発狂していたのだろう。普段であれば戯れ言を違えながら笑うというのに、今の少女はただ金切り声で自分の思いをそのまま声を叫び続けることしかできない。
その姿はまるで少女が自分自身を咎めるかのよう。


ぱぁん、と。


一度だけの銃声が鳴り響いて、舞台は一瞬の静寂を漂わせた。

「僕は全てを救う。その為に聖杯を手に入れる」
「――…」

つー、と少女の頬にできた一筋の線から血が流れ出す。少女は目を細め、眉を寄せ唇を噛み締めた。

「それは、誰も、救わないんだよ…?」

静かに、けれどもこの空間にいる人間には伝わる声で。震えながら少女は衛宮切嗣と言峰綺礼を見つめる。

「それでも、僕はそれに頼るしかないんだ」
「――…海南」

今にも崩れそうな少女は。
名を呼ばれ、微笑んだ。


「邪魔だ」


微笑みながら、ぼろりと。
溢れ出す涙。膝は折らずにぼろぼろととめどもなく溢れ出す大粒の涙は今まで少女が堪えてきた涙の数。嗚咽を噛み殺し、両手で涙を拭うが止まる訳もなく。それでも涙を止めようと顔を覆う。

そうして、舞台上で始まった舞に。
少女は存在を容認した。





「……じゃあ、あげるよ」





衛宮切嗣と言峰綺礼は止まれない。
襲い来る黒い泥が、二人を呑み込んだ。





*****





異変に気付いたのは誰が早かったのか。

「――…!」
「!ランスロット?」

セイバーから距離を取り、秀麗な騎士は近くを見上げた。




彼の現マスターである少女は彼に覚悟を決めろと言った。過去の清算などとは言わないが、王であるアーサーと和解しろと。それはバーサーカーにとっても有難いことではあった。理性を保っていられるからこそ話し合いたい。謝りたいと、それがバーサーカーの出した結論だった。

そして、セイバーの前に現れた。
無論黒の兜は外して。

セイバーはただただ驚愕して、絶望した。お前はそこまで私が憎いかと叫ぶ我が王に首を振る。あれは、当然だったと。ただ自分は貴方の手ずから裁いてほしかったのだと。

頭を下げランスロットは唇を噛み締める。

「…ランス、ロット……」
「申し訳ありません。今更御許し頂こうなど思ってはおりません、どうか私を、「ランスロット」………」

セイバーは驚くほど優しい顔で、笑っていた。

「結構です。それだけで、私は救われた」
「―…」
「剣を持て、我が朋友よ。今の貴方にも護るべきものがあるはずだ。それは私も同様」

後ろに控えるアイリスフィールを護るように、少女は一歩前へと出た。ランスロットは目を見開いて、ふと、三人の人間の笑う顔が脳裏を掠めた。


そして、ああ、と笑う。
今の私にも護るべきものがあったと。


弱いけれども、憎いけれども、それでも自分を犠牲にしてでも大切な人を守ろうとする優しいお方。
可哀想な可哀想な、やっと救われた小さな女の子。あと、彼女には説教してやらねばならない。貴女は一人ではないのだと。私を頼っても良いのだと。貴女は、頑張りすぎなのだと。叱ってやらねばなるまい。



「……ええ、私にも、護らなければならないものがありました」

剣を構える。
さあ、始めよう。昔のように。



幾度の剣を交え、二人は斬り合っていた。けれどもランスロットが必要以上の距離を取ったのだ。


「………海南、さま…?」


護るべき者の一人である少女の名を呟いて。

崩壊したフィルム
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