「――…」
何本目だっけ。
既に意味を無くした煙草を缶の中に入れて火を消す。新しいものを取り出そうとして箱を開ければ何も入っておらず粕だけが残っていた。舌打ちをひとつしてランサーは立ち上がり頭を掻く。
「随分と機嫌が良くなさそうだな」
「あ゛ぁ゛?」
何時の間に居たのか、円柱の柱に寄りかかってアーチャーが立っていた。彼はランサーなど見向きもせずただ皮肉を飛ばす。だからランサーは見るからに殺気立っていった。
「…時に、ランサーよ。昨日今日と海南の所へ行ってないそうではないか」
「だったらなんだ」
「なんだではなかろう、主の見張りも出来ぬ狗など無価値だ」
瞬間、
火花が散る。
「……前々から気に入らねぇ気に入らねぇとは思ってたがよォ」
固まっていく空気。
その殺気にアーチャーはやれやれと肩を竦め双剣を消した。
「今は君とやる道理は無い。…ああ、今はだがね。勘違いしないでくれ給えよ」
そうしてランサーに背を向け歩き出す。だが直ぐにぴたりと足を止めて、振り返らずに忠告をした。
「ランサー、何があったかは私は知らん。だが、彼女はお前だけが頼りな筈だ。そのお前すらも、彼女を拒んでやるなよ」
「…っけ、テメェに何がわかるってんだ…!」
「解らんよ。ああ、君達のように自らの意志を殺し合い共存する仲など理解したくもない。だから、言っているのだ」
アレは私と同じだ、と。
世界に裏切られた英雄は吐き捨てた。
ただ人を救いたいから、ただ幸せでいてほしいから助けた。何も求めず、ただ助けては消えた。だからそれは恐ろしかった。金でも土地でも人でも求めれば良いのに、何一つとして求めなかった。そんなの人間ではないと、助けたはずの人間に裏切られた。
彼女はそんな自分と同じだと彼は言う。
「捨ててやるな」
「……、」
「君が彼女のことを愛しているというのならば、尚更な」
去っていく背中。それをランサーはただ目を見開き見送った。
……愛している?
俺が?
海南を?
浮かぶ少女の笑顔。
くらりと軽い目眩がする。
「――…は、ははっ」
ぐしゃりと、顔を片手で覆った。なんだこれ、最高の笑い話じゃえか、と。彼は笑う。
「最初っから本気だったのは、俺だったのかよ」
必要以上に求めることをしなかったのは、あの少女が、泣いてしまうから。言葉にしてしまえばあの少女は泣いてしまうから。
けれども、結局は泣かしてしまった。
どちらにしても泣かしてしまうのならば、愛してしまえば良い。あの少女を愛して愛して愛して、泣かせてしまえば良い。そして、それ以上に笑わせれば良い。
「―…簡単なことじゃねえか」
あの少女は自分以外見ていないことなど知っていたのに、何故、突き放してしまったのか。高々寝言のひとつやふたつ、赦してやれば良かったのだ。そうだ、アレは仕方がなかったこと。傍に居てやれなかった自分の自業自得だ。抱かれたのならばそれ以上激しく抱いてやれば良い。愛を囁きながら求めれば良い。あの少女は何時だって、自分を求めているのだから。
だから、伝えに行こう。
ちゃんと謝って伝えよう。
もう迷ったりはしない。
もう哀しませたりしない。
もう、離れてはやらない。
ただ、愛していると。
×しています