ここ最近走りっぱなしだ。
何かあれば令呪を使って呼ぶからね、とは言ったがしかし、さすがに、疲れた。
木の幹に足を引っかけて盛大に転んだ。ずさあっと。まあ、もうあたしの足も限界だろう。仰向けに転がって大きく息を吸いながら、瞳を閉じる。すう、と吐いて左の甲を見た。
「令呪をもって、ケイネス先生の、側を、離れないで」
赤く光って消える刺青を見て力を抜く。
ああ駄目だわ、暫く休んでから歩いて向かいます。
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向かい合うのは2つの陣営。
ケイネスを背にするのはランサー。衛宮切嗣の手にはソラウが未だ意識不明のまま銃口を当てられていた。
セイバーとランサーの決闘は意外な形で幕を閉じていた。ぶつかり合う剣と槍。一旦距離を置き、また踏み込もうとした瞬間にあろうことかランサーが戦闘を離脱したのだ。その後を追えばそこには居ない筈の人物が居て、アイリスフィールとセイバーは絶句した。
「どういう事なの、切嗣?」
「……、」
男は苦虫を潰したような顔をして、ケイネスを見る。その手にある筈のものが消えていた。それに驚いているのは切嗣だけではない。
「一体、なにが起きているんだ…」
何故こうも上手くいかない。おかしい、こんなのは絶対におかしい。何かが狂っている。
カツン、カツンと廃墟に響く足音。
それは存在を知らしめるかのように音を鳴らし、ゆっくり、ゆっくりとこちらに向かってくる。近付くにつれ息を飲んだ。
一人の少女が月明かりに照らされ、影から姿を現した。その姿は土にまみれ、汚れている。
「はあい、皆様お揃いですかー?」
それでも気にする様子などなくへらりと笑いながら少女は片手をあげた。その手の甲には、ある筈のないものが。
「ウンウン、誰もリタイアしてないね。よかったよかった」
心の底から少女は嬉しそうに笑った。
「君は一体、何をしたいんだ…!」
「ん?」
切嗣の問いに少女は何やら思案する。考える素振りをして、顔を上げた。
「みんなを助けたいの」
「…!」
「ケイネス先生もディルムッドも、龍ちゃんも、切嗣もアイリスフィールも雁夜おじさんも桜ちゃんも、時臣だって葵さんだって。ウェイバー、は大丈夫か。ああ、舞弥さんも。みいんなみぃんな、誰一人としてだって死なせない。いや、あたしが救ってみせる」
輝く瞳に切嗣は怯んだ。それは、叶う筈のない、叶ってはいけない筈だ。切嗣が望むものに酷似している少女の“望み”。
しかし直ぐに、彼は“衛宮切嗣”の皮を被った。
「つまり、君は僕の邪魔をするのかい」
「…必要とあらば。てか、もう邪魔してるかも」
「…そうだね」
がちゃり。
向けられる銃口に少女は苦笑いを浮かべる。恐怖、より困った、と言いたげだ。
「待って切嗣!」
「……」
「どうして殺さなければならないの?彼女は何も、」
「僕らの脅威となっているからに決まっているじゃないか。僕は彼女に二度、いや今回で三度、チャンスを奪われた。それによく見てごらん、彼女の手の甲。あれはケイネスと間桐雁夜が持っていた令呪だ。何故彼女がそれを持っている?―…何故、魔力を持たない人間がサーヴァントを二体も駆使している…!」
切嗣の言うことは最もだった。
「だから殺す」
「けど!」
少女はただ、無表情に立っているだけだ。奥にいるディルムッドと目が合って、笑う。何か喋ろうと思ったのか、口を開きかけて「海南ッ!!」
「え?」
じゃり、と音がした。
だから当然のようにそちらを向いたのだ。
「――っあ、はぐッ!?」
ガンッ、と鈍い音を響かせ顎に衝撃が走った。
「う、あ゛あ゛ぁぁあああああああああああ――――ッ!!!!」
絶叫、断末魔。
床に押さえ付けられた少女の肩はゴギッと音を鳴らして、外れていた。そう、関節が、外れて、いたのだ。
「あ、うぐあ、ぎ、っ」
「…如何なさいますか」
感情のない声が聞こえる。
少女の喘ぐ声とその声は、あまりにも不釣り合い。恐怖すらしてしまうほどに。
ぐ、と力を入れられれば口から悲痛な声が漏れる。あまりの痛みに、涙など出なかった。
アイリスフィールは口を押さえて目を見開く。震える声で、まいや、さん。と呟いた。
ゴリッ、と。
銃口をまた赤髪の女性に押し付け。
「殺せ」
鋭利な刃物が、降り注いだ。
死に際にすら