目を醒ました時には日が落ちていた。は、と思い寝起き特有のダルさと体の痛みで一瞬倒れそうになったが何とか立て直す。…左腕はもう動く。なら、と痛みやらなんやらを無視してリビングへ向かった。そこには、桜ちゃんが。
「桜ちゃん、雁夜おじさんは?」
「―…」
桜ちゃんは答えない。
ただ視線を泳がせ困った表情をしただけで分かった。バーサーカーも居ない、となると決まっている。ああちくしょうランサーが居れば!
ここに桜ちゃんを一人にして良いものなのか?いや、大丈夫な筈だ。なんのために奴を殺したと思ってる、危ないからだ。ならば大丈夫、大丈夫だ。それより今は、
「ごめんね桜ちゃん、これからまた出掛けなきゃ行けない。あたしが出ていったら鍵をかけて、誰が来ても開けちゃだめだよ」
約束できる?と訊くとこくりと頷いた。だから小指を絡めて約束したのだ。
(ランサーのばか)
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元から持久走は得意だったけど、なんか更に長く走れるようになった気がする。
とか言ってそこら辺にあった自転車借りたんだけどね、うん。借りたんだよ、無断で。仕方ないじゃないか、こっちの方が早い。既に河の方で大きい何かがあった。なら、急いで橋に向かわなければ。ああでもビル、てかバーサーカーどうしよう。また契約剥ぎ取るか。
それはもう漕いで漕いで漕ぎまくって、んでもって自転車を投げ捨てるように降りて橋の下を走って。あ、自転車貸してくれた人ありがとう、助かったよ。見つけた紫色は狂ったように笑ってたから、突進した。そのまま床に転ぶ、キンッ、と後ろの橋に何かがのめり込んだ。ほんと、出来すぎていて笑いが込み上げてくる。
「は…、」
「隠れて」
手を引き今の弾に当たらない位置に引っ張った。キンキンッと二度撃たれる。
「ここにいて」
「、アンタ…」
「ここに居てって!分かったの!?」
両肩を掴んでそう叫べばおずおずと言った感じに「分かった」と頷いた。その言葉を信じて走りだす。足元がふわふわしているのはきっと、狙われているから。走らなきゃ。
走って、走って、走って。
土手の上に見慣れた姿を見付けて、一息ついた。
「…!貴女、」
「海南、」
「はぁ、…はあはあ………はぁ、ふう」
ごくり。乾いた喉に唾液を通す。じゃ、と片手を上げてまた走ろうとしたら腕を掴まれた。「何故此処に居る」
「ちょ、無駄話してる、体力「何故魔術師ではない貴女が一人でこの場居るのかと聞いているのだ!この異常事態に一人で出歩くなど一体何を考えている!?」
びっくりした。
だって、ディルムッドはあたしの身を案じて怒っているのだ。そりゃびっくりするわ。怒らない系の人だと思ってたし。
「せめてあの怪物を始末するまでは、俺の傍に控えててもらう」
「え、無理!そんな事してたら終わっちゃうから!」
第一貴方の傍だって危険ではないのか。うーん、良くわからん。とりあえずどうにかしなければ。雁夜おじさん一発殴んなきゃ気が済まんわ。
「海南」
掴まれた腕に力が籠る。へし折るんじゃないかって位強くて、顔を見ると端正な顔立ちの眉が寄って見るからに怒っていた。だからどうしてディルムッドが怒るのか、不思議で仕方ない。
ぐっと近付く顔に息を呑んで、触れた唇に頭が真っ白になった。
「……、」
どうして、と口にしたつもりだったのに。笑いながらも意味わかんねーと言ってどつくつもりだったのに。そこまでは脳内でできた、なのに、なんで。
「…頼むから、海南。心配させないでくれ」
そんな顔をされたら。
そんな事をされては。
泣きそうな貌をするディルムッドを厭だと、そう、思った。
きゅうと締め付けられるこの胸の痛みは知っている。ランサーとバゼットが抱き合っている時に感じた痛みだ。
だから。
厭だ、と。思ったのだ。
あたしだって女の子で、こんなに綺麗な男の人にあからさまに好意を寄せられたら、でも勘違いかも知れないし、あたしの事を分かってくれてるのはランサーだけで、これは嘘で偽りで、夢、で。あたしにはランサーだけ、のはず、で。
ぎゅうと唇を噛み締める。
このままじゃ、このままじゃ、呑まれる。
全てを振り切るように全力で走った。
駆り立てられる好意に恐怖する