気だるい体を起こしてどうにか立つ。あ、駄目だこれ、酷すぎる。目眩に似た感覚に腰の痛み。左肩の痛みは無くなったようだが力が入らない。

それでもここから出ていこうと歩けば、後ろに倒れた。


「体の様子が良くないようだが」
「…っ、誰の所為さっ」
「さあ?俺は海南が求めるままに与えただけだ」


ああもう、なんだコイツ。もっと紳士的なのを想像してたのに、なんだこれは。

「それにしても一体どういう構造をしてるんだ?」
「…わかんない、けど。知り合いが言うには、魔力の塊だって」
「微塵も感じさせないとは…」
「あたしも、わかんない。から、聞かれても困る。」

今一覇気が出ない。一旦帰って寝なければ駄目だこれは。今夜に備えなければならないというのに、

「はなして」
「何故」
「帰って、ねる」

早く眠りたいのにこの男は更に腕を強めてきた。

「―…なあ、海南よ」
「なにさ」
「たった一晩、数時間と言えど、営みを交わした仲だ。…嘘でも虚言でも構わない、から」

そんなのに、何の意味があると言うのか。ぎりり、と唇を噛み締めた。なんでこんなに胸が痛い。おかしい、おかしいよ。第一ここは夢なんだから、馬鹿なこと考えない方が良い。





「――すきだよ、ディルムッド」
「ああ、俺も海南を愛している」



****




やっと着いた時には日はもう昇っていた。途中で何度挫けそうになったかわからない、けど、着いた。
ドアを回して靴を脱いで。リビングに入るとおじさんと桜ちゃんはビックリしたようにしてて、おじさんは心配したんだとかなにやら怒ってたが、今はそれどころじゃない。眠らせて、とだけ言うとおじさんも何かを察したのか、大人しくしてくれた。死人のように寝室へ向かう。その際バーサーカーが何かを言っていた気がしたが、気のせいだ。



***




いきなり現れた魔力の塊に一瞬戦慄した。けれども、すぐさまあの男の魔力だと分かり息を吐く。何故こうも唐突に現れるのか、不思議で堪らない。

「…バーサーカー、」

我が主はそんな事知らずに桜様を抱きしめて何やら神妙な面持ちで私を見てきた。なので、軽く笑って首を振る。

「いえ、問題ありません。海南様のサーヴァントとかいう、あの男でしょう」

それを聞くなり主は安堵の表情を漏らし桜様を解放する。不思議そうにしていた桜様に主は笑ってなんでもない、とだけ言った。

カリヤがこう笑うようになったのは間違えなく海南様のお陰だ。
私とて狂化されていた身としても、こう笑わなかったことぐらいは分かる。だから、こうして笑ってくれるのは本当に嬉しい。(それでも心を犯す闇は消えてはくれないのだが)

「少し、様子を見てきましょう。海南様も何やらお疲れのようでしたし」
「全くだ。何も言わず夜に抜け出して、ボロボロになって帰ってくるなんて」

ずるい、と主は言った。
桜様を救出した今、主が聖杯戦争に参加する理由はない。それでも、魔術師が憎いと彼は言う。だから海南様はあまり主にその事について話をなされない。きっと、話をすれば関わると知ってだろう。

「女の子一人であんな戦いに挑むのは、間違ってると思う」

主の意見は最もだ。
いくらサーヴァントを従えていたとしても、どういう経路か制限時間付きだと彼女は言った。魔術を一切扱えない一般人が、恐らく昨日も聖杯戦争関連で出かけていたのだろう。でなければ、


(あんな魔力をつけてくる筈が無い)


横を通り過ぎた時、間違えなく彼女のものではない魔力が纏わりついていた。それもかなり色濃く。その理由を訊きたかったのだが、当の本人の疲労は目に見えていた。まるで死人のような顔で寝室に入っていかれたのを覚えている。

兎に角、今は彼女が眠っている部屋に行こう。
女性が眠っている部屋に無断で立ち入るのは気が引けるが、これも安全確認の為だ。あの青いサーヴァントが何かしでかしてなければ良いのだが。




コンコン、と控えめに二度ノックする。
やはりあのサーヴァントはこの部屋にいるらしい。中から気配が感じる。
しかし返答が一切ない。どういう事か。いや、あのサーヴァントが中にいるのならば答えなどきかず入ってしまったほうが良いのだろう。ガチャリ、とドアを開けた。

「失礼しま、す」

唖然。驚愕。

あの男は確かに居た。しかも、昨日のような現代の服ではなく、歴っとした戦闘服で。昨日との豹変振りに一瞬同一人物かと目を疑った。ギロリと睨みつけられるように向けられる赤い目。

「――なあ」

ゆるりと体を起こし彼は顔をこちらに向けた。

「この魔力、誰んだ」

体は彼女を上を陣取り、確かな殺気を向けてこちらを睨む。
下に組み敷かれている彼女は夢の中なのだろう。瞳は閉じられたままだ。しかしその素肌の大半は露出している。

「……私には分からない。昨夜、勝手に外出して先程帰ってきたばかりだ」

事実のみを告げると男は苛立たしげに舌打ちをし、ばんっ!と拳で彼女の顔に当たらないようにベッドを殴った。そして初めのようにまた彼女の首元に顔を埋める。

「ま、待て!何をしている!」
「…テメエにゃあ関係ねえだろ」
「睡眠時に女性を襲うとは何事か!」

間違えなくその行為は強姦紛いのものであろう。いくら契約をしている者同士とはいえ人としてお互いの許可を得た上での魔力供給や行為ならば問題ない。しかし、それは明らかなる独断行為だ。


「もう一遍言うぞ。テメエには関係ねえ」


敵意を丸出しに男は舌を這わせる。それは得物を横取りさせんとする獣の目だった。

艶かしい声が聞こえた。そして右腕があがる。それは宙を彷徨っていたが、男が優しく掴んだ。


「……らんさー…?」
夢うつつというか、単に疲れが溜まっていて意識がハッキリしないのか。彼女は掠れた声でそう言った。そして擽ったそうに身を捩る。全く自分の立場を理解していない。

「よお。昨夜は随分と激しかったようで?」

掴んだ手の指先に唇を落とし、男は厭らしく笑った。

「……あー、…ん、そう、かも。体中、痛い」

馬鹿だ。
膨れ上がる殺意にも彼女は怖気ず寝返りを打ち正面を向いていた体は此方に向く。無論、前面を惜しみなく曝け出している状態なので白い肌がはっきりと見えた。白い肌に映える無数の赤い点。…数が、尋常じゃない。

「……お前がそういう女じゃねえって事は知ってるけどよ」
「んー…」
「少しくらい、警戒したらどうだ」
「ぅん…」
「オイコラちゃんと聞きやがれこの痴女」
「ぅぅううっさいなあ…第一ランサーがあたしの傍に居なかったのが悪いんでしょ…!じゃなきゃあんな思いも痛い思いもしなくて済んだの……」

ばさりと掴まれていた手を強引に振り払い布団の中にくるまる海南様。
男はそんな彼女を布団越しに見詰め、何やら閃いたように声を弾ませた。

「おい海南、良い案思いついたぞ」
「……」
「令呪があんじゃねえか。それ使って俺に命令しろ」
「……」

返事はない。
ただ布団の中から虚ろな2つの瞳を覗かせ、二度、瞬きをした。



「………だいっきらい」


掴めない言葉に反す
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -