2月5日_柳洞寺_深夜


「士郎ってばー、ねーえー帰ろー?」

階段を歩く衛宮士郎の後を追いかけるように歩く海南。屋根で見張りをしている筈のランサーは今日は町を巡回しているらしく、見張りは不在であった。その為この二人が抜け出したことに気付いている人間は居ない。
先程から海南が士郎に声をかけてはいるが導かれるように呆然と、まるで操られているかのように歩くのみ。門をくぐったところで漸く士郎の歩みが止まった。
その先にあるのは境内。その中心に、何かが立っていた。海南はそれに気付き士郎の背に隠れるように身を縮めた。ゆらりゆらりと陽炎のように揺らいでいた何か、はその姿を露にする。

「――そこで止まりなさい坊やとお嬢さん。それ以上近づかれると殺してしまうでしょう?」
「っ、キャスター…!」

嘲りを含んだ声でそう言うキャスター。海南は士郎の服の袖を力強く握る。

「ええ、その通りよお嬢さん。ようこそ私の神殿へ。歓迎するわ、セイバーのマスターさんと―――…ランサーのマスターさん?」

ぴくりと海南の肩が跳ねる。涼しげに笑うキャスターは唇を愉快そうに歪めた。

「まさか、坊やだけを釣るつもりだったのにオマケまでついてくるなんて。お馬鹿さんね」
「士郎、」

相変わらず士郎は硬直したまま、けれども不快そうに顔を歪め時折抗うような苦悶の声を漏らして。

「自由になれる、と思って?ふふ、可愛いこと。そんな方法で私の呪縛を解こうだなんて、随分と優しいのね貴方」
「な―――んだ、と――――」

二人の会話に海南はついていけない。キャスターの魔術で士郎の体の自由がきかないことは大体は判るが、どうしたら良いのか全くと言って良いほど分からないのだ。ただ士郎の服の袖を力強く握るのみ。
士郎の驚愕した声が響く。

「理解できて?貴方を縛っているのは私の魔力ではなく魔術そのもの。一度成立した魔術は、魔力という水では洗い流せない。液体と固体のようなものよ。形を得たモノに水をかけても、そのカタチは崩れないでしょう?」

キャスターがゆっくりと歩みよる。依然、二人の立ち位置は変わらず海南は近付く影に怯えるように士郎の服を更に強く掴んだ。

「けれど例外もあるわ。例えば、そうね。貴方たちが編み上げた魔術など、私にしてみれば泥の建造物にすぎない。そんなもの、かける水流が多く激しければ、カタチになっていようと簡単に洗い流せる。理解できて?私と貴方たちの違いは、そういう次元の話なのよ」
「そう――かよ。それでわざわざ、こんなところまで、呼びつけたワケ、か」
「ええ。マスター達はみな小物だけど、その中でも貴方"達"は飛び抜けて力不足でしたから」
「、最初っからあたしも含んでたの…!」

くすりとキャスターは笑う。

「街の人間たちと変わらない抗魔力ですもの。そんなマスターを見つけたら、こうして話をしたくなるのは当然でしょう?」

馬鹿にしたような言い方。もうお前らは私の手の中だ、と。そう言われているようなものだ。

「海南、」
「!」
「にげ、ろ」

その台詞にふるふると首を横に振る。自分だけは逃げれない、そもそも、逃げられない。

「ふふふ、お利口さんね。安心なさい、殺してしまっては魔力を吸い上げられないわ。この町の人間はみな私の物ですからね。殺さない程度に生かし続けて、最後の一滴まで差し出してもらわないと」
「な―――に?」

士郎の声に怒気が含まれる。信じられない、こいつが、と。確かに感じ取れる“怒り”。

「キャスター…!おまえ、無関係な人間に手を出したな……!」
「あら、知らなかったの?あの小娘と手を組んだのだから、当然知っているものと思ってたけど――そう。まだ知らなかったのね、貴方」

愉しそうに、愉快そうに。
まるでこちらの苦悶を美味ななにかと勘違いしているように。否、美味なものには変わりはないのだが。

「なら教えてあげる。私――キャスターのサーヴァントには『陣地』を作る権利があるのよ。魔術師は工房を持つものでしょう?それと同じよ。私はこの場所に神殿を造って、貴方たちから身を守る。幸いこの土地はサーヴァントにとって鬼門ですからね。陣地としては優れているし、なにより魔力を集めやすい。始めはあんまりにも貴方たちの魔力が少なくて加減がつかめなかったけれど、今はほどよく集められるわ。ほら、見えるでしょう?この土地に溜まった数百人分の魔力の貯蔵、有象無象の人の欠片が」

ようく目を凝らせば、この境内に満ちている魔力。それは、人々の魂で出来ているように感じた。

「じゃあ――町で起きている事件は、おまえが」
「ええ。ここは私の神殿だと言ったでしょう?なら、供物を捧げるのは、下界で蠢く人間たちの使命ではなくて?」

歯軋りが聞こえる。
ぐ、と近付いた距離。

「さあ、それでは話を済ましてしましましょうか?貴方も、お嬢さんも、ずっとそうしているのは退屈でしょう?セイバーのマスター、貴方からはその令呪を貰ってあげるわ。……あの駄犬はともかく、セイバーは消すには惜しいサーヴァントですもの。彼女には、あの目障りなバーサーカーを倒してもらうとしましょう」

キャスターの腕があがる。それは確かに、士郎の腕を狙っていた。

「令呪を、奪う、だと―――」
「そうよ。まずは腕を切り落として、それから令呪を私のマスターに移植する。けれど令呪は所有者の魔術回路と一体化しているでしょう?令呪を剥がす、という事は貴方から神経を引き抜く、ということでもあるわ」

海南の手から力が抜ける。一歩、一歩、と。

「動かないでちょうだいな、お嬢さん」
「っ、!」
「安心なさい。貴女の令呪はいらないから、腕を切り落としたりなんてしないわ。……最も、貴女、令呪は手にないようだけれど。――坊やも命までとりはしないから」

冷たい笑いを浮かべた魔女は、禍々しい光を帯びた指をゆっくり、士郎の左手の伸ばす。士郎は必死に抵抗しようとするが意味もなく、海南は呆然と立ち尽くしている。

「さよなら坊や。悔やむなら、その程度の力量でマスターになった事を悔やみなさい」

最後にキャスターを睨み付ければ、まるで子供を褒めるかのような戯れ言を並べる。


「士郎―――!」


海南はそう叫び、その体を引くように抱き寄せた。それと同時に目の前の地面を串刺しにしていく無数の矢。キャスターはとっさに後退し、その指が離れる。
主人公を抱えたまま海南は上を見上げた。山門の上に、その矢を放った赤い外套を纏った騎士は、居た。

記された道を歩く
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