2月4日_教会
「私は別に医療係ではないのだぞ」
「だからお願いしますって言ってるでしょ。こんな傷つけたままじゃ嫌だもん」
綺礼はめんどくさいと言わんばかりに溜め息を吐いた。良いから治せよばかやろう。
「それよりランサーは居ないのかね」
「知らん。霊体化してあたしの傍にいるかもだし街中歩いてるかもだし」
霊体化されてはあたしは気配を察知することすら出来ない。まあ仕方ないですよね。綺礼はふむ、と言ってならば試してみるか、と。
「―――…!!?」
声にならない悶絶。
コイツ、あたしの傷口開きやがっ、た。指が、指が、いたい痛い痛い、イタイ、
「―…どうやら居ないようだな」
「いっっったぁっい!!」
「中々良い表情をするではないか」
神父らしからぬことを言って悶絶するあたしを見下す。いや痛いってまじで何これ手首押さえれないしけど痛いんだってまじで!
うおおお…!と悶えていたら綺礼が手首を持ち手を翳す。ずきんずきんとする痛みは止まない。止まない、が。
「報酬だ」
傷は綺麗さっぱり治っていた。
けれども痛い、とにかく痛い。治った傷口の上を押さえながら悶絶する。痛いです。
「…っ…ありがとうございました……!」
「なに、礼には及ばんよ」
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暫くして痛みが引いてきた。まさか指先で傷口を抉られるとは思ってなかったわ。…恐るべし言峰綺礼。
「…はぁ…っ、この外道…!」
「私に頼る君が悪いさ」
ところで、と綺礼は割りと真面目な顔をしだした。
「令呪はどこにあった?」
「……あー、それね。あたしが見た限りでは無かった。背中とかは見えないからわかんないけど」
そう、無かったのだ。マスターである証の赤い刺青が。綺礼はふむ、と何やら考える素振りをする。
「凛達には言ったのかね?」
「え、凛関係ない」
「そうではない。私がランサーのマスターだったと」
「言ってない、けど」
綺礼は目を見開いた。なんかこいつあたしに驚きすきじゃね?
「…何故だ」
「いや何故って…言った方が良かったの?」
「何故言わなかったと訊いている」
その問いに少しだけ怯む。だって、その声はまるであたしを咎めるかのようで。
「……だって、形はなんであれあたしは綺礼のランサーを奪ったんでしょ?それに、士郎達には綺礼を敵として認識してほしくなかった」
「それは何故かね。遅かれ早かれ彼等は私の前に立ちはだかるぞ」
「そうだね。でもそれは綺礼と士郎の目的が完全に異なった時。それまでの間士郎は言峰綺礼という存在を敵として認識してはいけない。人の事をおちょくるのが大好きな外道神父とでも思ってれば良いよ」
「何時かは敵になる人間は、早めに対処しておくべきなのではないか」
「ううん。綺礼は目的が違わなければ手出ししてこない。寧ろ場合によっては助けてくれる。ただ、士郎が出す結論が綺礼の目的と違うから、貴方は士郎の前に立ち塞がる」
「…理解できんな。何故そう肯定できる。何故そうまでして私を庇う。私は彼らを助ける気などないぞ。寧ろ、全てを知りえた時、彼らがどう絶望するのかを見たいだけだ」
「そう。だから、もし例えば綺礼が望む結末に落ち着かなさそうな時、貴方は士郎達に手を貸してくれる。理由はなんであれね、それが必要となるかもしれないし必要とならないかも知れない」
ふう、と息を吐き苦笑いを浮かべる。けど本当はね、と。
「あたし綺礼のこと、わりかし好きかもよ?」
「……とんだ悪趣味だな」
「さあ?単に羨ましいだけかもしれない」
「羨ましいだと?」
「そう。だって綺礼は自分に素直だもん」
「……」
「綺礼は悪人なんかじゃない、ただの外道。そう、外道なだけだよ」
「――っく、はははははははっ!!」
予想外の笑い声に二人ともぽかんとする。そうしてその声の主は姿を現した。
「聞かせてもらったぞ娘。――中々面白いことを言うのではないか」
席を立つ。
一歩歩く度に一歩下がって。あれと不思議に思った。
「…っく、それも善くないものを飼っているな」
「……え?あ、あれえ?」
下がるつもりなどないのに、体が動く。アレに関わってはならないと体が動く。
「安心しろ。何もせぬさ」
手が伸びる。
それを払い落とす。うわ、やっちまった。
「――…」
ほら怒った。
だから駄目なんだって。
「…ふん、まあ良かろう。今日のところは見逃してやる」
「う、うわぁい」
「娘」
ギルガメッシュはあたしの目を見て、こう言った。
「精々足掻けよ」
魅いられる者