夜の見張りは睡眠を取らなくとも万全なランサーが請け負うことになった。屋敷の屋根でランサーは座りながらなんとも緊張感のないあくびをする。その時足音と物音、それに女の吐息が聞こえてきた。まさか、とは思ったがランサーの予想は的中。梯子を使い屋根に登り海南がやってきた。

「――…はぁ…」
「む」

ランサーは溜め息と呆れしか出てこない。そんなランサーに海南は明らかにムカついた声をだした。けれどもランサーはこっちに来いと自らの隣を叩く。海南は言われた通りにランサーの隣に腰をかけた。吐いた息が白い。深夜ということもあって気温が下がっているのだろう。

「あのなあ、」
「はい」
「傷開いただろ」

その左手首に巻かれた白い包帯は赤く滲んでいた。本人は本当に気付いていなかったのか「おお、そりゃ痛いわな」などと言ってそれを見て何やら感心していたのだから更に呆れざる得ない。梯子を使い登ったのだから手首に力を入れるのは当たり前。割りと深く傷付けたそこは簡単に塞がるわけがないのだから、開いて当然だ。

「中に戻って包帯かえてやるから、」
「えー、まだいいよ」

海南は意味を無くした包帯、それとガーゼを取る。赤黒く変色し腫れている傷口をまじまじとみて、早く乾けーなどと言いながら腕を振っている。

「うん、いやね。あたしらはあたしらで聖杯戦争のルールを決めておきたくてですね」
「……ルール?」
「うん、そう」

腕を振ることに疲れたのか、それを止めて海南は空を見上げて息を吐く。

「まずランサーは一人で勝手に戦闘をしないこと。いややむを得ずならしかたないけどそうじゃなかったら直ぐに撤退して」
「つまり、お前が居ればして良いんだな?」
「そ。どうぞご自由に派手にやっちゃって下さいな」

ランサーはにやりと笑う。今から楽しみで仕方ない、そういう感じだ。そんなランサーを見て海南は戦闘狂め、と思った。

「あとはー…うーん、なんだろ」
「?そんだけでいいのか」
「えー、ちょっと待って今考えるから」

海南は何かを思い出すように眉を寄せながら静かになる。

「あとなー…あたし別にランサーの行動制限する気ないし…あ、あたしの事は最低限で良いから、とにかくあたしの命令には従ってほしい」
「……そりゃどういうことだ?」
「そうだね、例えばあたしと違う人が居て、あたしがその人助けろって言ったら従って。それが命に関わるとしたら尚のこと」
「無理だな。マスターの命は俺の命。俺はそうなった場合真っ先に嬢ちゃんを助ける」

海南はそれを聞いて、そっか、と納得した。それもそうだ、と。

「んー、だね。ごめんランサー。あたしの命を優先して」
「……判りゃあ良いけどよ、お前もうちっと自分の命大事にしたらどうだ?」

その言葉は予想外だったのか、海南は目をぱちくりさせる。

「なんつうか、危なっかしいんだよな、お前。ふわふわしてて地に足が着いてないっていうか、掴み所がねえっつうか。自分より他人の命優先してみたり」
「あたし自分の命のが大事だよ」
「じゃあなんでそんな事言うんだ」
「―――…」

海南は、首を傾げた。


「………なんでだろ」
「はあ?」
「わかんない、けど多分。人によるけど、あたしより助けたいって思った」
「………なら俺が坊主を殺しに来たときどうして態々自分から出てきた」
「それはだって、大丈夫だったから。あそこで死ぬわけがないんだもん」
「………」
「うん、死なない。あたしは死なない。大丈夫出来る怖くない死なない守れる出来る、大丈夫」


海南はまた眉を寄せながら考え事に耽ってしまった。そんな海南をランサーはただ訝しげに見ることしかできない。

「……っ、」

ぶるりと海南が震える。この気温で上着も羽織らずシャツ一枚で外に居るのだ、冷えてしまって当然だろう。

「もう良いだろ。中に戻るぞ」
「待って、あとちょっと」
「駄目だ。風邪でも引いたらどうんだよ」

海南の右手を掴めば想像していたものよりかなり冷たかった。ランサーは小さく舌打ちをする。

「ほら、冷えてる」
「ランサーがあったかいだけだよ」
「んな訳あるか」
「ほんとだし」

戻る気はないらしい海南にランサーはどうしたもんかと頭を掻く。これ以上このままだと本当に風邪を引きかねない。だからと言って無理に降ろしてもきっとまたすぐにあがってくるのだろう。

ランサーは立ち上がり屋根から飛び降りる。海南は「あ、やらかしたかな」と。

しかし案外早くランサーは戻ってきた。またひとっ飛びで屋根の上へと着地する。その手には毛布と救急箱を持って。


「おら、腕出せ」
「………」
「………なんだその顔」
「呆れ、られたかなって」
「ばあか、最初っから呆れてるよ」


その毛布を海南の肩にかけランサーは膝をつく。乾燥した手首にガーゼをして包帯を巻く。

「明日、綺礼のとこ行って治してもらう」
「はあ?なんで」
「跡残ったらやだもん」
「あー…、確かにな」

かなり強く残るであろう手首の傷。リストカットだと罵られても可笑しくはないのだ。
処置し終わりランサーはまた海南の隣に腰かけた。

「ランサーの分はないの?」
「あ?ああ、俺別に寒くねえし」

そういったランサーの肩にかかる毛布。

「なんかやだ」
「けどこれじゃあ寒ぃだろ」
「………」

海南のみを包む分にはかなり余りがあった毛布だったが、もう一人、それもかなりガタイの良い男と共有するとなると全面はほぼ寒気に晒されて熱を逃がしてしまう。それでも、海南は何も言わなかった。



少しだけ触れ合った肩がびくりと跳ねて逃げる。
ランサーは効率の良い格好を知っていたし、やろうとも思った。けれども離れた肩がそれを拒む。これ以上は近付くなと、何かが言っている。



(抱き締めちまえば、あったかいのに)

近付かない距離
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