夕飯時、藤ねえと桜にランサーを紹介すると藤ねえは「どっからそんな男捕まえたのよっこのこのっ」とどついてきた。まあ別にそういう関係ではないのだが。
ランサーは士郎がどっかから引っ張り出した服を着ている。正直キツそうなので買いに行かねばならない。お金は衛宮君から支給されますごめんなさい。
凛はというとよくわからんが忘れ物を取りに来ただけだったらしい。それなのにあたしに説教するとか……凄いお人好しである。まあ魔術師ではないあたしがサーヴァントを従えたことに腹を立てただけだったのかもしれないが。
「じゃあランサー、桜ん家行ってからの藤ねえん家だよ?」
「わかったわかった」
「寄り道しないで帰ること。道中綺麗なお姉さんがいても話しかけない。ねー、藤ねえ?」
「浮気ダメ絶対」
…重ねて言うがそういう関係ではない。まあ、いっか。三人を見送り玄関から去る。
「意外と役に立つなあ」
「霊体化出来るのが何よりの強みだろ」
だね、と言ってあたしは先にお風呂をいただくことにした。
鏡の前に立ちボディチェック。令呪、発見できません。背中なのかなあ?謎。
そんなことを思いながら湯に浸かった。言った方が良いのか言わない方が良いのか。しかし、なあ。ランサーはあたしから魔力が供給されていると言った。でもまずあたしはその魔力を供給するという感覚がわからない。ていうか魔力っていうのがどんなものかわからない。困った。
顔を半分沈める。
「起きてるか?嬢ちゃん」
「!?」
ビクッ、と肩が跳ね声が聞こえた方を見ると扉の向こうだったので一安心。霊体化して中に入ってきやがったのかと思ったわ。
「起きてるよー」
「おー。で、話がある」
「…今じゃなきゃダメ?」
「いや、今後の事についてだ」
居間で待ってるからよ、と言ってランサーの気配は消えた。なんだろう嫌な予感しかしない。こういう予感というのは大抵当たってしまうものなのだ。
そう、昔から。
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ぼたぼたと血を流す海南。
「これで良いの?」
彼女は怒ったようにそう言って、自らを傷付けた刃物を投げ捨てた。
「…………はあ?」
「だから、お前は極力戦闘に出んな」
風呂から上がり言われた通りに居間に向かうと三人の人間が既にそこにはいた。そして“決まった”という今後の方針について海南は耳を疑う。
戦闘に出るな、それはつまり、
「お前が俺のマスターだってバレれば即お前が狙われる。だから隠し通してろ。幸いにも見た感じは魔力の持たないただの一般人だから俺と外で行動してない限りはばれるこたぁねえ」
「……じゃああたしは、衛宮邸から出るなってこと…?」
「ああ。まあ、昼くらいなら連れ出してやるよ」
きっとそれが彼女にとっては一番良い方法なのだろう。セイバーはその考えに納得いかないものがあったが、元より海南は聖杯戦争、いや魔術などとは程遠い正真正銘一般人。関わるべきではなかった、にも関わらずにどういう経路かは知らないがランサーのマスターという役を担わ“された”。だからランサーは一般人でありまだ何も知らない少女をこんな血生臭い戦いに関わらせたくなどないし、自分のスキルを考えれば一人で行動していた方が余程効率も良いと、そう、二人に言ったのだ。そうなればセイバーも頷くしかない。だって彼女は自分のマスターとは違い、本当に“何も知らない”のだから。
けれどもサーヴァントにはマスターという供給源が必要不可欠。それに関して彼女は文句なし、寧ろ手放すのが惜しいほどに完璧過ぎた。だからこういう結論に至ったのだ。
士郎に関してはその意見は願ってもいないものだった。女の子を関わらせたくない、それは海南とて論外ではないのだから。
二人はそれを承諾した。
海南もそれを承諾するものだと、皆が思っていた。
「―――…ふざけ、んな」
けれども。
「なにそれ?意味わかんないんですけど。無理却下」
彼女はそれを拒んだ。
「あのなあ、世の中には知らねえ方が良いっつうもんもあんだ」
「いやいやいやいや、意味わかんないから」
ここまで来て自分だけ蚊帳の外。そんなこと、耐えられるはずがない。
「とにかく却下。あたしはランサーと行動するし戦闘になってもそこに居る」
「何も出来ねえのにか?」
「マスターなんてそんなもんじゃないの?士郎だって強化ぐらいしか使えないし、しかも全然出来てないんでしょ?なのにあたしは駄目っておかしくない?」
「――…わかった」
そういうランサーに海南は当たり前だという風に鼻を鳴らす。ただ、次にはランサーが立ち上がり台所へと向かい、何やら銀色に光るものを持ってこちらに来ていた。
そしてそれを投げる。
「は、?」
「それで俺を刺せ」
「え、?」
「そんくらいの覚悟がなきゃ目障りだ。坊主でさえ俺を殺す気でかかってきた。ならお前だってそんくらい出来んだろ?」
目の前に投げられたものは所謂、包丁というやつで。海南は理解できないとランサーを見た。
「もし本当にこの闘いに関わるんなら、死体のひとつやふたつで気絶されたら堪ったもんじゃねえ」
「した…っ!?」
「その通りです」
士郎は驚愕の声をあげるがセイバーは至って平然に、むしろそうであると肯定してみせた。
海南は包丁を拾い上げ、その刃先を見て、ランサーを見て、刃先を見て、を繰り返している。ああこりゃダメだな、と。ランサーは海南から包丁を取り上げようとして。
自らの手首を切りつける少女を見た。
「これで良いの?」
海南は怒ったように血のついた包丁を投げ捨てる。左手首からはとめどめなく血が流れ落ちていた。
「つかさっきから何エラソーな口きいてんの?アンタはあたしの従者でしょ?それなのにお前お前お前お前って、馬鹿にしてるとしか思えないんだけど」
「――っ、俺はテメェの事考えてやってだな、!」
「それがあたしの為になるって?へえ、そう。じゃああたしは勝手に敵地に赴きますが?」
「おまっ、俺とお前のパスは“見えねえ”んだ!近くにいねえとわかんねえのに勝手に出歩かれたら居場所わかんねえっつうの!!」
「じゃああたしをマスターとして常に行動を供にしなさい!!」
「だああああっ!!!わっかんねえ奴だなあ!」
「結構です!そんなことわかりたくもないしわからない!!確かにあたしは何も出来ないし弱いし役立たずですよ!!けどね、ランサーはもうあたしのサーヴァントなの!!あたし魔力からなるあたしのモノなの!!自分のモノと一緒に戦いたいって思っちゃ駄目なわけ!?」
ごくりと。
ランサーが言葉を呑んだ。
「―――…、わるかった」
「…………、あたしの方こそ、ごめん」
謝罪をして呼吸を落ち着ければ痛み出す腕。ぢぐりぢぐりと。けれども、どうてことはない。
「確かに俺は嬢ちゃんから魔力を供給されて現界してる。……そう、だよな」
ランサーは目を細め自分が何を恐れていたのか、考えて頭を掻いた。
「………引き摺ってんのは俺、か」
「………」
きゅ、と唇を噛みしめ海南はうつ向く。けれども視界に入った青に少しだけ顔をあげた。
「悪かったな。俺のマスターは嬢ちゃんだ。どっか頭に血が昇ってたみてぇだ。お前は俺が命に換えても護ってみせる。だからよ、これから宜しく頼むわ」
そう言ってランサーは海南の頭を撫でて左手首を掴み止血を開始する。ぽつりと、彼女は溢した。
「……あたしは、 じゃないよ……」
始めのマイナス一歩